第9話 つくられていないことの証明を

「ヤバいいいいっ!!」


 はっと目を覚ましたのは、いつも寮を出ていた時間。

 30分以上の遅刻っ!


 とりあえず着替えて、ご飯は軽く食べよう……っ。

 おにぎりを軽く握って、それをカバンに突っ込んで急いで寮を出る。

 鍵を閉めたのを確認し、エレベーターまで走る、けど――⁉


 ドンッ。


「痛っ……」


 寮を出て走っている最中に誰かにぶつかり、わたしはしりもちをつく。

 起き上がって相手を見ると……!


「か、ぐらさん……!」

「悪い、ぶつかった」


 わたしは急いで立ち上がって礼をする。


「ごめんなさい、ではーーーっ!」

「……ちょっと待――」


 女嫌いなのにわたしとぶつかって、きっと嫌だったよね、ごめんなさいっ!

 早歩きでエレベーターの前まで来て、ふうっと息をつく。

 昨日、絶対迷惑かけないようにしようって言ったのに、さっそく迷惑かけちゃったっ……。


「おい」


 ぎゃああああっ⁉


「かか神楽さん⁉ 本当にごめんなさいっ……なんでもするので許してください……」

「……落ち着け、怒ってるわけじゃない」

「へ?」

「……ケガ、してないか」


 ケガ……?

 もしかして、さっきぶつかったから、ってこと?

 それでわざわざ……?


「大丈夫ですよ。心配していただいてありがとうございます!」

「……ならいい」


 そして一緒にエレベーターに乗って、何も話すことなく1階についた。

 仕事以外の話をしたのは、これが初めてだった。

 

 ・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・


 放課後、今日も生徒会室に向かい、ロッカーに荷物を置いた。


 生徒会加入から、しばらくたち、あと少しでゴールデンウィーク!なんだけど……。


 生徒会活動は忙しいんだよね……。

 中にいたのは葉桐さん。

 他のメンバーはいないみたいだけど……。


「今日は学園長との会議で、蒼良と晴真、朔人がいません。僕も行った方がいいと思うのですが……人数的に要らないと言われました……」

「そうなんですか……」


 どこか悲しそうな葉桐さん。

 確かに副会長なら一緒に同行したいよね。

 シュンと肩を落としていてちょっとかわいい……かも。


 なんて不謹慎だよね……ごめんなさいっ。


「ということは今日は2人ですねっ! お仕事もたくさんあるでしょうし、はやく終わらせちゃいましょう!」


 葉桐さんと二人っきりなんてすっごく緊張するけど……仕事は仕事!


「今日の仕事は?」

「あ、それなんですが、実は今やれる仕事がないんです。どれも、この会議が終わった後にしかできないので……」


「来てもらったのにごめんなさい」と謝る葉桐さんにわたしはいえいえと首を振る。

 それなら……。


「お話ししましょうっ! 仕事をスムーズに行うためには、相手を知っていなければいけませんから!」


 にこっと葉桐さんに向かって微笑んだら、ぴたりと動きを止めてわたしを見ていた。


「……変わった人ですね」

「よ、よく言われます……! いいのか悪いのかは分からないですけどね……あはは」


 その後、葉桐さんがお茶を入れてくれたり、お菓子を用意してくれたりしておやつタイム!

 どれもあまり食べないおいしいお菓子たちで終始興奮しながら、優雅なティータイムを過ごす。


 一段落したところで、ふう、と葉桐さんが息をついた。

 そして、不思議そうにちらり、とこっちを見た。


「……聞かないんですね」


 何が、とは言われずもわかった。


「……はい、無理に聞く必要はないので。もっ、もちろん聞きたいですけど……っまだわたしは信頼無いと思うので」


 葉桐さん自身が抱えているものは、すごく大きいものだ。だから、そこに簡単に手を突っ込むようなことはしたくない。


「……そう、ですか……」

「はい! もし話してもいいよってくらいの信頼感があったらその時はお願いしま――」

「じゃあ聞いててください」

「へ……? えっと、ちょっ」

 

 なんで今!? 待って、わたし信頼感0じゃないの?

 急すぎるよっ。

 心の準備だけでもさせてほしいと深呼吸をして、葉桐さんの声に耳を澄ます。


 そして、突然、そのすべてが語りだされた。

 

 それは、普通こんなに簡単に話すことができないくらい、すごく苦しい過去だった。


 ・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・


「いつも、親にすべてを決められていて。小学校も、中学校も。あと入る部活も。塾だって何個も通っていましたし、家ではゲームなんてものはありませんでした」


 全部、決められた……。


「テストでいい点数を取っても、褒められなくて。逆に1点でも落としたら塾を増やされて、ずっと勉強漬けの日で友達もいませんでした」


 淡々と語っていくけれど、きっとすっごく苦しいはずだ。

 わたしだって、すっごく苦しいもん……。

 胸が締め付けられて、悲しくて辛くて苦しい。


「いつも、機械みたいな感じで。中学校の時が一番ひどくて……総合テストの前の日、初めて家出したんです」


「途中から雨が降ってきて大変でした」と言って笑って話す葉桐さん。


「笑わないで、ください……! そんな苦しそうに笑わないで……!」


 涙を流さず、自分の苦しさを表さず、誰にも――希望を求めなかった人。

 弱さを見せず、ずっとであり続けてきた――強い人。


 考えるよりも先に、葉桐さんの背中に向かって手をのばしていた。


 わたしの手が彼の背中に触れた途端、葉桐さんが下を向いて、手のひらで顔を覆った。


「……でも、唯一、僕自身で決めたことがありました」

「え?」


 唯一、自分で決めたもの……。

 今まで決めてこられた葉桐さんが、自分で選択したこと……?


「ここに来ること――、神楽学園に来ることは、僕が決めたんです」

「家族の方からはなんて……?」

「『別にいいだろう、トップクラスの高校だと聞いているしな』、と言われました。反対されてたら今頃どうしてたんでしょう……」


「長くなっちゃいましたね」と言う葉桐さんを見たら、きゅうっと胸が締め付けられて。

 今、ここで伝えなきゃ。


 今伝えるから意味があるんだ。

 葉桐さんにとっても。わたしにとっても。


 葉桐さんの手をつかんで、わたしは青く透き通っている葉桐さんの目を見て、必死に語りかける。


「すごいことだと思います……! ずっと親御さんに決められていたとしても、ずっと戦い続けて苦しんで、それでもここまで来たこと……!」


 はっと、葉桐さんが目を見開いた。

 わたしはそれにかまわず続ける。


「だから! ここにいるのはつくられた葉桐さんじゃないです……! 自分の意志で道を拓いて戦ってきた葉桐さんです……!」

「それは……っ」

「もうつくられた、なんて言わないでください……! それと……神楽学園ここに来てくれて、ありがとうございます。ここまで、よく頑張りましたね……」


 その言葉を聞いた葉桐さんは、「ありがとうございます」と静かにつぶやいて、そっと目をつぶる。

 その声は、どこか安心したような落ち着いた声だった。


 寄り添えましたか?

 わたし、力になれましたか?

 葉桐さんの力に、なれましたか?


 葉桐さんの想いを分け合えられる仲間になれましたか?

 

 最後に聞こえた気がした。

 「あなたはもう特別な存在です」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る