少女 2
水面にピトピトと桜の花弁が落ち浴槽の水面の半分ほどが覆われた頃、少女の血も止まり大浴場はまた静寂に包まれた。
この少女はいつからこの様な仕打ちを受けているのだろう。操られてなどいない意識のある状態でこんなにも痛く辛い思いをしなくてはならないことは本当に辛いことだろうに。
ふたりは少女に同情した。この少女がこの様な仕打ちを受けていることが許せないのだ。しかし、それと同時にこの少女がこの様な辛い思いをしていることには何かしらの理由があるのかもしれないともすこしばかり考えた。
少女はまくっていた袖をゆっくりと戻す。
するとふたりの潜むサウナの方を向き、深々と一礼した。
ふたりは場所がバレたと一瞬肝を冷やしたが、その少女は敵意を示しておらず、加えて何かを託されたような気がして少女と目を合わせた。
少女はまたゆっくりと浴槽の方に身体を向ける。
翔と豊がその少女の横顔をじっと見つめていると、突如、少女の身体が異様に痙攣し始めた。
翔は助けようとサウナを飛び出そうとするが、豊はその異変を警戒して翔の動きを止める。
少女は痙攣しながら身体が宙に浮く。
また首吊りの状態になり、恐怖の権化へと姿を変えようとしているのだ。
先ほど意味深に流した涙のスジを今度は血の涙が通る。
その少女の痙攣が止まるとやはり、異様な雰囲気を纏い、先程の少女の面影は殆どなくなった。ただ、先ほどまでは少女が恨みを抱くバケモノの様に見えていたものが、今は苦しみと悲しみを抱いた供物の様に見える。
首吊り少女はそのまま引き摺られるように大浴場から出て行ってしまった。
ふたりは首吊り少女のせいで点滅する明かりが落ち着くまで待つと、音を立てないように恐る恐るサウナルームから出る。すると、ふたりの鼻には濃い鉄のツンとした匂いが突き刺さる。
ふたりはそれが温泉から発せられる少女の血の匂いだと言うことがすぐに分かった。
先ほどは薄い赤だったお湯がドス黒い溜まり血に変化し、露天風呂だというのに空気は酷く淀んでいた。
こんなに濃くなるまでに、何度手首を切ったのだろう。
ふたりは鼻を袖で覆うと、吐き気を催しながら大浴場から更衣室へ移動する。
「うえぇ。」
先ほどの濃い血の匂いを吐き出そうと、ふたりは両膝に手をついて涙と唾液をポタポタ垂らす。
匂いが濃すぎて口の中が血の味になり、心底気持ちが悪かった。
「ねぇ。あの女の子は悪い子なのかな。」
翔は息をハアハアさせながら豊に聞く。
「いや、そうは見えなかった。首を吊られている時はナニカに操られているんだ。あの子は悪い子じゃないよ。」
豊は思ったことを率直に翔に伝えた。
人は見た目と雰囲気でたいていどんな人柄なのかが分かる。
翔も豊もあの少女が悪い霊に取り憑かれていると確信を持っていた。
「なんであの子はあんなに酷いことをされているの?」
「今は分からない。でも、藁人形はあの子が佐々木の娘と言っていた。佐々木の屋敷に行けばきっとあの子のことがもっと分かるはずだ。」
「じゃあ、すぐに行かないと。はやくあの子を助けたいんだ。」
翔は力強くそう言い、その男らしい発言に豊は感動して涙が少し込み上げた。
豊は翔が立派に成長していることを実感して、親の感動を味わう。
「あぁ。はやく助けよう。」
豊は翔に涙を見せないようにサングラスを軽く外して後ろを向き、指で素早く涙を拭う。
涙を拭いサングラスを治して翔の方に振り返る。
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