第2章 勇者なんて必要ない

第11話 王都は燃えているか

 高い天井、それを支える彫刻を施された柱の数々、床に敷かれた赤い絨毯が長く続くその先には金銀と宝石で飾られた祭壇が設置された大聖堂。

 赤絨毯の両脇には礼服姿の貴族や軍人で埋め尽くされ、彼らの大半はご機嫌で談笑していたが、ごく少数の者達は沈痛な表情を刻みながらそれを見ていた。

 やがて高らかに吹き鳴らされるトランペットが儀式の開始を告げると、参列者たちはいっせいに押し黙り、姿勢を正す。

「人類の救世主たる聖戦士の末裔にしてブロッケン王国王位継承者、コンラート・フォン・リヒトシュトラーセ殿下の御入来!」

 式部官長が高らかに告げると重々しく扉が開かれ、儀式の主役が姿を現す。

 白を基調に金糸の刺繍をふんだんに施された礼服の上に緋色のマントを羽織った金髪の美青年──コンラートは、薄い唇に微笑を浮かべながら、荘重な旋律と共に高位の神官と従者を引き連れて赤絨毯の上を進む。

 一行が祭壇の前にまで着くと、コンラートが片膝を突いて跪き、最も豪奢な祭服を着た神官──大司教が前に進み出る。

「これより、ブロッケン王国第十六代国王コンラート・フォン・リヒトシュトラーセの戴冠式を執り行う」

 大司教が厳かに告げると、きらびやかな装飾が施された鞘付きの件を捧げ持つ神官が歩み出て、大司教に手渡す。

「これなるは聖戦士の剣、聖剣デメルング。その光にて国を照らし、民を安んぜよ」

「聖戦士より受け継がれし血と、リヒトシュトラーセ光の道の家名に誓い、光明神ミルスの聖なる光を宿せしその剣、謹んで御受け致します」

 大司教が差し出した聖剣を、コンラートが受け取って恭しく掲げると、従者がコンラートのベルトに吊るす。

 続いて大司教は別の神官から受け取った王冠を掲げる。

「これなるはブロッケン王の冠。汝これよりミルス神の下にて王となり、その務めを果たすか?」

「はい。今日、私コンラート・フォン・リヒトシュトラーセは偉大なるミルス神の下にて王となり、その慈悲と正義を以て国を治める事を誓います」

 大司教の問いに、コンラートは舞台俳優のように朗々とした声で宣誓の言葉を返す。

 大司教は大きく頷くと、王冠をコンラートの頭上に遣る。

「今、この時を以て、ミルス神はコンラート・フォン・リヒトシュトラーセを、ブロッケン王に──」

 そう承認の言葉を述べていた大司教が、途中で言葉を止める。

 息継ぎにしては長い沈黙に、一体どうしたのかと、コンラートが跪いた状態で見上げ、他の参列者達の視線も集まる前で、大司教は王冠を捧げ持った状態でガタガタと震え出す。

「に、に、にばば……」

 大司教は口から奇声を漏らし、泡を吹き出すと、白目を剥いてドサリと倒れる。良く見ると、首の後ろに円錐状の物体に付いた針が刺さっていた。

 王冠は大司教の手を離れて床の上を転がり、数秒して止まる。予定に無い展開に、王冠を拾い上げて良いものか周りの参列者達が迷っていると、大司教の死体の口からどす黒い血のようなものが吐き出され、それは床の上を動き回って王冠の周りに魔方陣を描く。

 そして魔方陣が完成するや、そこから黒い壁状のものがせり上がり、たちまち黒いドームを形成して王冠を覆い隠す。

「何をしている! 早くそれを壊して王冠を取り戻せ!」

 居並ぶ貴族の一人が、いち早く我に返って命じると、軍人や兵士が剣を抜いてドームに近づく。

 しかし、彼らがドームに剣を突き立てるよりも先に、ドームはフッと消滅する。だが参列者達の表情に安堵は戻らない。

「この神聖な戴冠式に乱入とは、お前達は何者だ!? 何が目的だ!?」

 演劇の台詞のような声音とポーズで、コンラートが問う。その先には、きらびやかな式典にはそぐわない風貌の者達が数人立っていた。

「これはこれは、王子様自らの質問とは痛み入る」

 漆黒のローブのフードを目深に被り、頭に髑髏どくろが付いた杖を持った、若い男と思しき人物が、胸に右手を当てて一礼する。

「では答えよう。我は魔王。ミルスと、貴様等ミルスの信者どもに滅びをもたらす者。今日は貴様等の終わりが始まる事を伝えに参上した」

 そう言って、魔王が床の王冠に向けて右手をかざすと、王冠の上に黒い球体が現れ、下へ落ちる。魔王が手を振ると球体は消え、後にはペチャンコに潰れた王冠が残る。

「あ~あ~壊すなんて勿体ない。それに使われてる金銀や宝石、職人の手間賃とかでどれだけの値打ちがあると思ってるんですか?」

 ミルス聖教会の司教が身に着ける華美な祭服を纏っているが、その上にはアーヴマンの印を首から下げ、更には高価そうな指輪や装飾品を身に着けた、中性的顔立ちの男が呆れたように言う。

「そう言うなクレメンス。高価な宝は他にもたくさんあるだろう?」

 参列する着飾った貴族や貴婦人たちを見回しながら、魔王が答える。

「貴様! 自分がした事の意味が分かっているのか!?」

 形の良い眉を吊り上げ、コンラートは声を荒げる。

「ええ分かっていますとも。ミルスとその信者どもを滅ぼす手始めとして、この腐りきった国を滅ぼす意思を、こうやって示しているのですよ」

 王冠だった物を靴で踏みにじりながら、魔王はクックッと笑いを漏らす。

「ならばこれ以上の問いに意味は無い! 貴様らに一片の慈悲も無用! ミルス神の光によりて滅びるがいい!!」

 コンラートは高らかに言うと、鞘から聖剣を抜き放つ。だが魔王と周囲の者達は恐怖の色を微塵も見せない。

「ミルス神の光? どこにそんな物があるのですか?」

 せせら笑う魔王達に、コンラートがこめかみを微かにひくつかせた直後、周囲に控えていた神官達が一斉にバタバタと倒れる。

「何!?」

 聖堂内が更なる恐慌に陥る中、祭服の背中を血でにじませる神官達の背後に、血で濡れた短剣を持ち、褐色の肌に尖った耳をした黒装束の集団が現れる。

「ダークエルフ!?」

「いつから潜んでいた!?」

 軍人、兵士達までも青ざめる。ダークエルフが優れた戦闘員にして魔法使い、そして暗殺者である事は、彼らの間で広く知られていた。

「光魔法が使える神官がいなくなったら、傷を癒せませんな。ああそうそう、王子様ご自慢の聖女様も忘れてはいけませんね」

「なっ──!?」

 咄嗟とっさにコンラートが振り向くと、ミルス聖教会公認の『聖女』にして、今日王妃になるはずだった彼の伴侶が喉を掻き切られ、目の前で噴水のように血を吹き出しながら崩れ落ちる。

「神官! 早く光魔法で──」

 言いかけて、既に神官達はダークエルフに皆殺しにされている事に気付くコンラート。それを見て、魔王達が大笑いする。

「ハーッハッハッ! 何と間抜けな狼狽うろたえぶり。聖戦士の末裔も無様なものですな」

「貴様ァッ!!」

 貴公子の顔を怒りに歪ませ、コンラートは聖剣を構えて突進──しようとして、聖剣を喉元に引く。刹那、カキンと金属音がして、針付きの円錐状の物体──大司教の首に刺さっていたのと同じ形状の物が床に落ちる。

「おっと残念」

 言うほど残念でもなさそうに魔王が言うと、細長い筒をくわえたダークエルフの女が姿を現す。

「申し訳ございません、魔王様」

「いいさナリシア。これで死んだら、むしろ興醒めというものだ」

 詫びるナリシアに、魔王は肩をすくめて答える。

 これで幾らか頭が冷えたらしく、コンラートは剣を構え直す。

「殿下」

 そこへ貴族達の列の中から四人の青年達が進み出て来る。

「恐れながら、殿下の御命おいのちはブロッケン王国の御命そのもの。御身に万一の事があっては国の一大事」

「それに、殿下御一人で此奴等を倒されては、我等の立場がございませぬ」

 彼らはコンラートを持ち上げつつ、さりげなく自分達をアピールする。

「よかろう。ではお前達は周りの魔族どもを片付けろ。だが魔王は私の手で自ら成敗する。いや、しなくてはならない!」

「「御意!」」

 過分に芝居掛かった口調でコンラートが命じ、青年達が答える。

「三文芝居は終わりか?」

 つまらなそうにそれを見ていた魔王が尋ねる。

「くだらん挑発だな。殿下と話している最中に攻撃を仕掛けなかった事を、すぐに後悔させてやる。まあ我ら十字星クロイツ・シュテルン相手では、それでも結果に変わりはないだろうがな」

 青年達四人の中で最も長身の男が鼻で笑いながら剣を抜くと、他の青年達もそれぞれ剣や杖を構える。

「ナリシア、同族を手伝ってやれ」

 神官達を殺し終え、続いて貴族達を殺しに掛かるダークエルフ達を杖で指して魔王は言う。

「クレメンスはじきに増援がここへやって来るだろうから、そいつらの相手をしろ。残りはあの取り巻きどもを片付けろ」

「「御意」」

 魔王が淡々とした口調で指示を出すと、配下達は答えてそれぞれの相手に動き出した。


「やれやれ、全員で掛かって来れば、海岸の砂の一粒くらいは勝機があったかも知れないのに、わざわざ数を減らすとは。所詮は下等な魔族という事か」

 長身の男が嘲るように言う。

御託ごたくはいいから掛かって来い」

 巨大な金槌を引き摺りながら、細身な体をした鬼人オーガ族の女が面倒臭そうに言う。

「愚かさもここまで来れば罪の領域だな。ならば次期ノルドベルク公爵たるこの俺、ハインリヒ様の剣技と、この公爵家の宝剣を以て、死の裁きをくれてやろうではないか!」

 大仰に口上を述べてから、長身の男──ハインリヒがオーガの女へ向けて剣を構える。

「喰らえ、帝国制式剣術奥義『獅子咆哮レーヴェン・ブリュレン』! ハァァッ!!」

 ハインリヒが鋭い気合の声を上げると、それは威圧を伴ってオーガの女を襲う。

 そしてハインリヒは剣を振り上げて踏み込むと、オーガの女に向けて袈裟懸けに斬りかける──が、オーガの女はばね仕掛けのように大金槌を跳ね上げてハインリヒの剣を弾く。

「なっ──何故動ける──!?」

 体勢を崩され、驚愕の表情を張り付けるハインリヒに、オーガの女は大金槌を両手に持って振り下ろし、ハインリヒの頭を粉々に砕く。

「魔力を込めた声で金縛りにする技なんて、効かなきゃただの大声だ」

 左手の指で耳をほじりながら、オーガの女は大金槌に付いた血を振り払った。

「そんな──ハインリヒ様が!?」

 オーガの女を苦も無く倒すと思っていたハインリヒが逆に殺される様を見た三人の青年達が、動揺の余り注意を逸らしてしまう。

「どこを見ている?」

 そこを巨漢の豚鬼オークが戦斧を横薙ぎに振るうと、青年達は立ち木のように胴体を輪切りにされ、残された下半身から噴水のように血が噴き出す。

 上半身だけ床に転がった青年達の表情に、苦痛の色は無く、ただ驚愕だけがあった。


「おやおや、あいつら随分と楽な相手に当たったものですね」

 残念そうに呟くクレメンスの前で、聖堂の立派な扉が乱暴に開かれ、完全武装した聖騎士や兵士達がなだれ込んでくる。

「総員戦闘配置! 魔族共を殲滅せんめつせよ!!」

 指揮官らしき豪奢な装飾が施された鎧姿の聖騎士の号令に、聖騎士や兵士たちが陣形を組む。

「やれやれ、私まで魔族扱いですか。一応私は人族なんですけど」

 ぼやきながらクレメンスが指を鳴らすと、床に巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこから剣と盾で武装した骸骨兵スケルトンソルジャーが集団で現れる。

「こいつ、死霊魔法を使うか!?」

「怯むな! 我らにはミルス神の加護がある! 掛かれ!!」

 動揺する聖騎士達を、指揮官が叱咤して号令を掛けると、部隊は前進を始め、そこへ骸骨兵達が襲い掛かる。

「畜生、こいつら痛みを感じないから斬っても怯まないぞ!」

「手足を切り落としてもまた繋がるし、他の手足がある限り動いてくるからしつこいったらありゃしない!」

「恐れるな! 所詮骨だから砕いてしまえば戻らないし、頭蓋骨を砕けば動かなくなる!」

 聖騎士一人と兵士達数人でグループを組んで、盾持ちの兵士が骸骨兵の攻撃を防ぎ、他の兵士が槍で牽制している隙を突いて、聖騎士が骸骨兵の手足を砕き、最後に頭蓋骨を砕いてとどめを刺すという戦法で、攻撃されても怯まず襲ってくる骸骨兵達もみるみる数を減らしていく。

「見たか暗黒神の神官! 初めはいささか手間取ったが、ミルス神の戦士たる我等に掛かれば、骸骨兵どもなど物の数ではないわ!」

「成程、ただ闇雲に数で押すのでなく、グループを組み、役割を決めて一体ずつ潰していく──勉強になりますね」

 勝ち誇る指揮官に対し、クレメンスが頷きながら言う。

「負け惜しみなら、地獄で──」

「では早速、勉強の成果を実践しましょう」

 クレメンスが再度指を鳴らすと、またも床に魔方陣が浮かび、骸骨兵の集団が現れる。が、今度は前回の何倍もの数がある上に、大盾を構える骸骨兵や槍を持った骸骨兵なども加わって、聖騎士達と同じようにグループを組んでくる。

「同じ戦法で圧倒的な数の敵に攻められたらどうするか──見せて貰えますか?」

 ニタニタと笑みを浮かべながら、クレメンスは骸骨兵達を、青ざめる聖騎士達へ差し向けた。


 一方、聖剣を手に魔王と戦うコンラートだったが──

「くっ! この! この!」

 魔王は杖から時に無数の黒い球体を飛ばす、黒い雲状の物体を纏わり付かせるなど、闇魔法を駆使してコンラートを翻弄し、コンラートは必死に聖剣で球体を防ぎ、雲を斬り払って直撃を免れていたが、聖剣の間合いに近付く事ができないでいた。

「卑怯だぞ魔王! 曲がりなりにも王を名乗るなら、正々堂々と戦え!」

 いささか息を荒げながら、コンラートが叫ぶと、魔王はプッと吹き出す。

「卑怯だと? 我々にとっては誉め言葉よ。魔王相手にそんな事を言うとは、噂通りのバカ王子だな」

 肩をすくめながら、魔王は杖の先で床を叩くと、そこから黒い蛇のような物が数条現れ、本物の蛇の数倍の速さで床を走る。そしてコンラートの足元まで着くと、それらは一斉にコンラートに飛び掛かるが、コンラートは頭上高く跳躍して避ける。

「残念だったな魔王よ! 地を這う蛇が空を舞うに狩られるように、貴様も私の手で滅びる運命さだめなのだ!」

 跳躍系のスキルがあるらしく、コンラートは更に高く上昇し、天井近くまで達した所で大きく両腕を広げる。

「この技を受けて死んだ事を、せいぜい地獄で誇るが良い! 帝国制式剣術奥義『不死鳥剣舞』!!」

 コンラートは鳥の羽搏はばたきを模した動きで魔王めがけて斬りかかろうとする。が、魔王は杖をコンラートに向けると、杖に付いた髑髏から無数の黒い弾丸大の球体を放つ。

「ギャァァァァァッ!!」

 機関銃のような勢いで黒い弾丸の雨を浴びたコンラートは、撃たれた鳥のような悲鳴を上げて受け身も取れずに落下し、手から離れた聖剣が床に転がる。既にコンラートが絶命しているのは、誰の目にも明白だった。

「で、殿下!!」

 ナリシア達数人のダークエルフに襟首を掴まれ、連れて来られた初老の男──ブロッケン王国の宰相が、目の前のコンラートの惨状に、蒼白になって声を上げる。

「魔王様! 街の人間狩りもほぼ終わりました!」

 さらに追い打ちをかけるように、入口からゴブリンが伝令に現れると、宰相の顔に絶望の色が一層深まっていく。

「さて宰相。貴様だけ生かしておいたのは、大陸中の、まだ生きている人間達に二つの事を知らせてもらうためだ。一つは我、魔王が現れた事。もう一つは、ミルスの信者どもに、もはや希望は一欠片も無いという事を──」

 魔王は床に転がる聖剣に目を遣ると、右手の平を上に向けて手招きをする。すると、黒い球体が現れて聖剣を包み込み、宙に浮かび上がる。魔王が右手をゆっくりと閉じていくと、同時に黒い球体も収縮していき、聖剣を圧迫する程に縮む。そして魔王が右手をグッと握り締めると──


 パキィィィン──!!


 ガラスのように澄んだ音を立てて、聖剣が粉々に砕け散った。


「あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 宰相の悲痛な叫びと共に、魔王の高笑いが大聖堂に響き渡った──




「ヴィルマー様!」

 僕が薄目を開けると、視界に入って来たのは晴れ渡った青空と、焦燥を露わにした家令の顔だった。

「あれ? 何で空が見えるの? ここは大聖堂じゃなかった?」

 起き抜けではっきりしない頭を働かせ、僕は記憶を引っ繰り返す。

「大聖堂? 夢を見ておられましたか?」

 安堵の息を吐きながら、家令が言ってくる。

(「夢? それにしては内容がはっきりしてたな──」)

 そんな事を考えていると、

「ヴィルマー!」

 御爺様がやって来て、僕の肩を強く掴んで来る。

「また性懲りも無く自殺など図りおって! 何回やれば気が済むのだ!?」

「もちろん、僕が死ぬまでです」

 悲痛そうに言う御爺様にそう答えると、侍女のミナも寄って来る。

「申し訳ありませんヴィルマー様、ちゃんと致死量に届くと計算して、殺鼠剤さつそざいをお渡ししたのに──」

 ハンカチで目頭を拭いながらミナが言った所で、僕は思い出した。

 

 僕がアーヴマンの大神殿で神体兵器の核を壊してから大神殿も壊して、RPGゲーム『リヒト・レゲンデ』で神体兵器を操ってラスボスになるダークエルフのナリシアと一緒に土砂や瓦礫の下敷きになって死のうとしたけど、土の上位精霊がお節介で助けたせいで死ぬのに失敗してしまった。その後御爺様に怒られるわ、冒険者ギルドの偉い人達にアーヴマンの大神殿を見付けた経緯について訊かれるわで、おまけに四六時中監視を付けられて自殺を図る隙もない日が何日も続いた。

 そのうち王都から手紙が来て、ミルス聖教会の大聖堂で大司教が自ら僕のスキル適性等を鑑定するという事になったので、僕は御爺様と、他に身の回りの世話をする人や護衛の騎士達と一緒に王都へ向かう所だった。

 でも今更また鑑定なんかしたって闇魔法のスキル適性に変わりはないだろうし、僕が闇堕ちして魔王になるのだって、ゲームにあったミナが殺されるイベントは回避できたみたいだけど、いつまた違うきっかけで闇堕ちするか分からないじゃないか。

 と言う訳で、僕はミナがこっそり渡してくれた殺鼠剤、つまりは毒薬を、王都へ向かう途中の昼食に紛れて飲んだのだけれど……

「いやはや、ナリシア殿が解毒薬を持っていたおかげで助かりました」

 そう礼を言う家令や御爺様の前にいるのは──

「何でお前が一緒に来てるんだ、ナリシア!」

 さも当然のように御爺様達と話しているダークエルフ──ナリシアを指さして叫ぶ。

「そいつはダークエルフだぞ! 何で檻に入れないんだ? 手足を縛っておかないんだ? いや、そもそも連れて行くなんてしないで処刑しろよ! 首を刎ねろよ! 八つ裂きにしろよ! 火炙ひあぶりにしろよ!」

「色々あるんだ、色々な」

「そんな言葉で誤魔化せると思ってるんですか!?」

 御爺様が大人の言い方でその場を誤魔化そうとするけど、生憎僕は子供だから通じるもんか。

「大体ダークエルフが何で解毒薬なんて持ってるんだよ!? そんな物を入れる持ち物の余裕があるなら暗殺用の毒薬を入れておけよ! でもって僕に寄越せ! 飲んで死ぬから!」

「何だその偏見は! ダークエルフだって毒に侵される危険に備えて解毒薬くらい持っているものだ! そもそも毒薬を持っていても、貴様に飲ませる毒薬などあるか!」

 ナリシアが文句を言ってくるけど、そんな見え見えの嘘に、僕が騙されると思ってるのか。

「良くもまあそんな白々しい事を言えたものだな? あの時だって、神体兵器を復活させるために僕を散々利用し尽くした末に、最後は僕を殺して神体兵器を自分の物にしようと考えてた癖に!」

「それとこれとは話が違うだろ!」

「違うもんか! 大方僕をお前達魔族の旗頭、魔王に祭り上げるのを諦めてなくて僕達にくっついているんだろうけど、お前の目論見なんてお見通しだ!」

 そんな感じで声を張り上げているうちに、次第に頭もはっきりしてきて、さっきまで僕が見ていた夢が、『リヒト・レゲンデ』のゲーム中に出てきた王都壊滅のイベントの一部だったと思い出した。

(「つまりあれは僕がこのまま王都へ行けば、いつか魔王になって同じことをやるという正夢なのか?」)

 そう考えると、色々辻褄つじつまが合ってくる。

「やっぱり、早く死ななくちゃ」

「何が『やっぱり』だ、この自殺バカがっ!!」

 ナリシアが頭を掻きむしって叫ぶし、御爺様達も頭を抱えているけど、ナリシアはともかく何でミナ以外の誰も分かってくれないんだろう?

 世界の平和と人類の幸福のためにも、僕は一日も早く死ななくちゃいけないのに──

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