第12話 オネエ修道院長は残念がる

 アタシの名前はクレメンス・フォン・ゲーレン。

 ブロッケン王国王都の郊外にある修道院で院長をしていて、あとね、これは人には言ってないんだけど──転生者なのよ、アタシ。

 まあその辺りは追い追い話してあげるわ。


 それで、今何をしているかって言うと──




「むむむむむむ……」

 金の糸で刺繍が施された豪華な祭服を着た初老の男性──ブロッケン王国内のミルス聖教会のトップに立つ大司教様、つまりアタシのずっと上の上司が、前世の現代日本にあったタブレットくらいの大きさの石板を、眉間に深い皺を寄せながら睨んでいるわ。

 その対面ではヴィルマーちゃんが身長上の理由で踏み台の上に立って、物憂げな背中を見せているわ。って、まだ一〇歳になったばかりの男の子がそんな雰囲気出してどうするのよ?

 やがて、大司教様が唸るのをやめて、未だ納得がいかないという顔で口を開いたわ。

「ノルドベルク公爵家、第一子、ヴィルマー・フォン・ノルドベルク……汝のスキル適性は闇魔法。修得しているスキルは……落下制御 自動、水中呼吸、火属性耐性、毒耐性……」

 以前鑑定された時には無かった『毒耐性』が新しく付いたみたいね。王都へ向かう途中で服毒自殺に失敗した時に身に付いたのかしら。オオッと声を上げる公爵様達とは対照的に、ヴィルマーちゃんは露骨に嫌そうな顔をするし、ヴィルマーちゃんの侍女のミナちゃんも悲しそうにハンカチで目頭を拭ってるわ。

「可哀想……ヴィルマー様、毒で死ぬことができなくなってしまったんですね……これでは自殺の幅が大きく狭まってしまいます……」

 毒で自殺できないから悲しい? そんな事考えるのは世界中であの子達二人くらいじゃないの?

「続いて称号は……風、水、火、土、それぞれの上位精霊の加護……それに、アーヴマンの神敵だと!?」

 あらあら、大司教様ったらとうとう声を荒げちゃってまあ。アーヴマンの大神殿をぶっ壊しちゃったおかげで、ヴィルマーちゃんに称号が追加されたのかしら?

「大司教殿。暗黒神に敵と指定された者が、その信徒になる事などあるでしょうか? それにアーヴマンの神敵の称号と言えば、暗黒神の神官やダークエルフを討伐した神官や聖騎士でも滅多に付かず、ここ百年は出ていないはず。暗黒神の大神殿を破壊して、神敵の称号まで得るという偉業を為した者を廃嫡、去勢して修道院に送るなどしようものなら、恐れながら国内の王侯貴族は勿論の事、聖教会の内部からも批判が出るのではありませんかな?」

 ここで公爵様も進み出て、大司教様に言ってきたわ。口調こそ丁寧だし、言ってる事も正論だけど、ヴィルマーちゃんのアソコをチョン切ったら、お前の首も吹っ飛ぶぞと、言外に脅してるわね。あ~あ~大司教様、歯ぎしりしちゃって、脂汗もダラダラ流すわ、まるでガマガエルね。

「……だ、大司教たる、私、アメデオ・ボルゲージの名において、ヴィルマー・フォン・ノルドベルクの修道院送り及び、去勢の処分を、取り消すものとする……」

 とうとう大司教様が、苦々しげにそう言葉を絞り出したわ。

 公爵様がオォッと喜びの声を上げるのと対照的に、大司教様はさっさと去ってしまったわ。まあせっかく次期公爵を巡る争いに乗じて大儲けするチャンスを失くしちゃったんだから、腸が煮えくり返るのも無理は無いけどね。

「気にするなクレメンス。あの大司教の事だから、昨日まであちこちから金を巻き上げたに決まってる」

 そんなアタシの考えを読んだのか、公爵様が言ってくるわ。


 まあ残念なのはアタシも同じなんだけどね。

 せっかくアソコを取られた同士、仲間ができると思ってたのに──




 アタシは一〇歳になって受けた、スキル適性を鑑定する儀式で死霊魔法と出たせいで、父様にゲーレン伯爵家の家名を汚したと殴られ、修道院に送られて、アソコを切り取られて男じゃなくなっちゃった。

 その後は毎日朝早くから奴隷のように扱き使われ、他の修道士達から憂さ晴らしに殴られ蹴られ、夜は性欲を持て余した修道士達に女の代わりとして──お尻が乾く暇も無かった、とだけ言っておくわ。


 そんな毎日が二年ほど経った頃、母様が死んだわ。

 死霊魔法のスキル適性持ちを産んだ事を理由に、父様に離縁された母様は、当然再婚先なんて見つかるはずもなく、戻された実家でも厄介者扱いされて、領地の外れの山中にある別邸に送られると、失意の中で日に日に衰弱した末に亡くなったと、母方の叔父から送られた手紙に書いてあったわ。お前のせいで死んだと、あらん限りの呪詛の言葉も一緒によ。

 二年間の虐待に加えて、これで絶望のどん底に叩き落されたアタシは耐えられなくなって、もう母様の所へ行こう、と思ってた所へ、あいつらが声を掛けて来たの。


『悔しいか? 悲しいか? ならば我らに力を貸せ……』


 そう言ってアタシの前に現れたのは、大勢の人間が混ざり合ったような姿をした、いかにも悪霊といった奴だったのよ。

 後で知ったんだけど、あの修道院はアタシ以前にも邪悪なスキル適性を持っているという理由で送られて去勢された子が何人もいたようだし、他にも素行の悪さで家を追い出された貴族の子弟や、聖教会の組織内で出世争いに敗れた聖職者達が大勢放り込まれてたから、実家の家柄とかが高い奴が低い者をいびって憂さ晴らしするなんてのは日常茶飯事だったのよ。で、アタシみたいに去勢されたのは一番下ってわけ。

 そうやって虐待に耐えられなくて自殺したり、時には殺されたりした修道士の死体は、修道院の隅に適当に穴を掘って埋められると後はほったらかしで、墓もまともに立てて貰えない有様だったから、それは化けて出ても当然よね。

 でも当時のアタシはそんなの全然知らないし、まだ一二の子供よ? 恐怖の余り叫ぶことすらできないで、腰を抜かして失禁寸前の所で、前世の記憶を思い出したのよ。

 アタシが平成の時代の日本で美容師をやってた事を──


 前世のアタシは可愛い服とか髪型とかが好きで、でもアタシ自身は男だったし、性同一性障害とかでもなかったから、男でも可愛い服や髪型に関われるお仕事を探して美容師になった、まあありきたりな話よね。

 でもお仕事は真剣にやったし、髪型やメイクだけでなく、体から美しくできないかと、美容師のお仕事の合間に鍼灸の資格を取ったり、漢方の勉強とかもしてたのよ。そうした努力の甲斐あって、自分のお店を持って、経営も軌道に乗って、さあこれからという所でトラブルになっちゃって、後ろからグサリで前世の人生終了って訳よ。本当に呆気なかったわ──


『お前が才能を持つという死霊魔法で、我らの力を顕現させるのだ。そしてこの修道院の奴らに、我らの恨みを……』

 そんな記憶を一気に思い出したものだから、頭の処理が追い付かなくて黙っている所へ、悪霊が人の都合も知らないでまくし立てて来るものだから、

「うるさいわね! 自分達だけじゃ何もできなくて、アタシが死霊魔法使えそうだから仲間になれって、虫が良いにも程があるわよ!」

 軽くキレちゃったのよ。ちなみにこの時から前世で使ってた口調も出るようになったわ。

『し、しかし、お前も修道院の奴らには恨みがあるだろう……』

 悪霊の奴、一回ガーッと言ってやっただけで、すぐ腰が引けちゃってたわ。まあ所詮はいじめに立ち向かう根性も無くて、死んで悪霊になっても、直接祟る事もできなくて他人に頼るような奴らだから、すぐにメッキが剥げちゃったわね。

「でもまあ、あれだけやられてお返しの一つもしないのもしゃくよね」

 そうよ、恨んでも恨み足りない奴らは沢山いる。修道院の奴らはもちろんだけど、アタシだけでなく母様まで捨てた父様、それにスキル適性一つで子供のアソコを強制的にチョン切るミルス聖教会、そしてアタシを女でなく、こんな中途半端な境遇になるように転生させた神様──

『ならば我らに力を──』

「お黙り! 復讐はアタシの意思で、アタシのやり方でやるの! あんた達の手なんか借りないし、あんた達のウジウジした性根で濁らせてたまるもんですか!」

 性懲りもなく悪霊が誘って来たけど、アタシの矜持きょうじにかけて、ここは譲らないわ。

「何年掛かるかは分からないわ。でも、あんた達の恨みもついでだから晴らしてあげるわ。それは約束してあげる──」




 それからアタシは、前世で身に着けたカットやメイクの技術を使って──最初は道具もまともに無い状態から色々工夫して、近くの町の人相手に髪を切って小金を稼いで、少しずつ道具を揃えて、次第に裕福な商人や貴族の娘や奥様を顧客にするまでになっていったわ。

 ミルス聖教会という組織は、良くも悪くもより多く金を上納した者が優遇される仕組みになってて、修道院も例外じゃなかったわ。おかげで修道院の誰もアタシをいじめる事が出来なくなったし、修道院での地位も上がっていって、遂には院長にまでなったの。

 まあこれは先代の院長を始め、上で威張ってた先輩連中が何故かコロコロと早死にしたせいもあるんだけど。ちなみにこの頃には美容師の技術だけでなく、鍼灸も道具を揃えて修道院を訪れた病人や怪我人に施す他に、上の修道士達相手にもこっそり練習させてもらってたんだけど、何故だかその修道士達に限って突然ポックリ逝っちゃったのよね。


 何故かしらったら何故かしら?


 そうそう、アタシが修道院長になって間もなく、父様が愛人とヤってる最中に突然苦しんで死んじゃったものだから、別の愛人との間に出来てた、いわゆるアタシの異母弟をゲーレン伯爵家の次期当主に据えて、アタシが後見人を務める事になったわ。

 心臓に病気を抱えてたとは言え、まだ五〇にもなってないのに父様が突然亡くなっちゃったものだから、皆怪しんだものよ。

 例の異母弟の母親に、父様用にアソコが元気になるお薬を渡した時にもちゃんと念入りに注意したんだから。

「良いかしら? 父様は女とする前に精力剤を飲んでるみたいだけど、あのお薬は心臓にかなり負担が掛かるみたいだから、同じくらい負担が掛かるこのお薬と一緒に飲ませちゃダメよ。絶対にダメよ!」


 そう念を押したのに、何故かしらったら何故かしら?


 ちなみにその女はアタシが鍼治療をした数日後に逝っちゃったのよね。


 何故かしらったら何故かしら?




───────────────


 ここまで読まれた方なら既に察しが付いていると思いますが、ヴィルマーが前世でプレイしていたゲーム『リヒト・レゲンデ』では、クレメンスは復讐のために死霊魔法を手を染めて、やがてミルス聖教会が共通の敵である事から魔王軍に参入する事になります。


 ですが、ヴィルマーとミナと同じ転生者であるせいで、ゲームの設定から脱線してしまった訳ですね(笑)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自殺志願令息の英雄譚~転生したら未来の魔王だった たかいわ勇樹 @y_takaiwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ