第9話 ラスボス潰し

「「神体兵器!?」」

『灰色のからす』の面々の声が見事に重なる。

「待て待て。神体兵器は聖剣を持った聖戦士によって破壊されたはずだろう?」

 いち早く我に返ったフィデリオが反論する。

「言い伝えを良く思い出してみて。聖戦士が神体兵器に聖剣を突き立てると光と闇、強力な二つの力が衝突した事で大爆発が起こった、とあるよね。で、爆発の跡地から神体兵器を滅ぼした聖剣が見つかったと言われてる。でも爆発で残ったのはもう一つあったんだ。……神体兵器の核がね」

「──そんな話、聞いたことがありませんよ! ヴィルマー様」

「そうだろうねフィデリオ。神体兵器は跡形も無く聖剣の力で消滅したって、聖教会の司祭とかが言ってるけど、それを見たのは誰もいないんだ。神体兵器を滅ぼした聖戦士も、古代ロマリア帝国の軍勢も、ダークエルフも、あの戦いにいたのは全員爆発で死んだんだからね。だから、人族が聖剣を見つけるより先に、ダークエルフが神体兵器の核を見つけて回収して行ったって分からない。さてここで質問だけど、暗黒神の『御神体』を置いておく場所は、どこが一番ふさわしいかな?」

「それはやはり、暗黒神の大神殿でしょうね」

「だよね。そしてそれが、ダークエルフ達が何百年もの間、黒の森に固執し続けた最大の理由なんだよ」

 僕の一連の説明に、周りが納得気に唸るが、

「じゃあ何で、ダークエルフは神体兵器を復活させなかったんだよ!? そんな凄い兵器があるならこの国や帝国だって滅ぼせるじゃないか!」

 ジーモンがそう食い下がってくるけど、その質問は想定済みだよ。

「ダークエルフ達はね、神体兵器を復活させる余裕が無かったんだよ」

「は?」

「神体兵器は巨大な人型をしていたとあるけど、その人型は何で出来ていたと思う?」

「そんな事、知る訳無いだろ」

「人間の血肉だよ。それも膨大な」

「「なっ──!」」

 これにはジーモンだけでなく、他の面々も口を開けたまま固まっている。

「古代ロマリア帝国の時は、罪人だけでなく奴隷までも集めて、大勢を生贄いけにえに造り上げたそうだからね。いくら核を手に入れたからと言って、大爆発で少なくない戦力を失ったダークエルフ達には神体兵器を復活させるのに必要なだけの『材料』は用意できなかったんだ」

「で、そのうちにダークエルフは神聖ロマリア帝国に次第に押されていき、最後は国を滅ぼされて散り散りになった、という訳か……けどそんな情報、どうやって知ったのですか?」

「昨日も言ったけど、詮索せんさくは一切しないという約束だよ」

 フィデリオの質問を、僕はそう言って回答を断る。何しろ今言った事は全部ゲーム情報だからね。出所を話せと言われても困るよ。

「ともかく、ミナや皆のおかげで神体兵器の核は壊せて、もう神体兵器が復活する心配は無くなったという訳だ」

「ヴィルマー様、早く地上に上がって、こいつを然るべき所へ引き渡しましょう」

 未だ納得いかないという表情ながら、フィデリオがナリシアを指さして言ってくる。既にナリシアはウルズラによる身体検査で目ぼしい武器を取り上げられ、手もしっかりと縛られていた。

「悪いけど、僕はまだここでやる事があるんだ。あと、そいつはここへ置いといてくれる?」

 僕が言うと、『灰色の鴉』の面々が怪訝な表情になる。まあそういう反応をして当然だよね。

「大丈夫、おかしな事はしないから」

 そう、これからやる事は世界の平和のためなんだ。おかしな邪魔が入らない限りね。

 ミナは無限収納インベントリから爆弾の残りを出して、僕に渡してくれる。

「さあ、私達はここにいてもヴィルマー様の邪魔にしかなりませんから、早く上がりましょう」

 ミナが『灰色の鴉』の面々を促して、階段を上っていく。

「それではヴィルマー様、大願成就をお祈りいたします」

「ありがとう。ミナも気を付けて」

 そうミナ達を見送り、姿が見えなくなった所で、僕は床に転がされているナリシアの方を振り返る。

 フィデリオ達がご丁寧にも手だけでなく足も縛っておいてくれていたおかげで、まともに身動きができないようだったけど、首だけを上げて僕の方を睨みつけてくる。

「貴様……私がダークエルフだと、いつ気付いた?」

「そんなの、最初から分かってたよ」

 ナリシアの問いに、僕は即答する。

「最初から、だと!?」

「そうだよ。ついでに言うと、お前の目的が神体兵器だという事もね」




「ハァァァァッ!!」

 勇者が繰り出す聖剣の一振りが、金髪の少年──魔王が纏う漆黒のローブを切り裂き、血しぶきを舞わせる。

「クッ……こんな所で、倒れて、たまるか……」

 胸を押さえる右手の間から血を垂らしながらも、魔王は左手で握った杖を支えに倒れるのをこらえる。

「往生際が悪いぞ魔王! お前達に殺された罪なき人々の無念、今こそ晴らす!」

 聖剣の先を魔王に向け、勇者は高らかに叫ぶ。

「カハッ……罪なき人々だと……ふざけるな!」

 血混じりの咳をしながら、魔王は怒りの叫びを上げる。

「スキル適性が闇魔法だったというだけで、一〇歳の子供を鞭で打ち、逃げるのに手を貸しただけの少女を殺すような奴らに罪が無いというのか!? そんな事、認めてたまるか!」

 魔王は祭壇の前まで後ずさると、祭壇の細工に偽装されている隠しスイッチを作動させる。

「「何!?」」

 突然部屋に響くゴゴゴとという鈍い音に身構える、勇者とその仲間達。

「祭壇が!」

 祭壇の奥、壁のくぼんだ所に置かれたアーヴマンの像が、徐々に左へと動いていく。

「これは──!?」

 像が背後の壁ごと部屋の壁の向こうに隠れると、その先に広がっていたのは、先程まで勇者たちが魔王と戦っていた、このアーヴマンの聖堂よりも大きな円筒形の空間で、そこを占めるように、騎士を思わせる重装甲に身を固めた、巨大な人型の物体が屹立きつりつしていた。

「見ろ! これこそ古代ロマリア帝国の魔法と技術の粋を集めた結晶、『神体兵器』だ!!」

 口の端を上げて叫ぶ魔王と対照的に、勇者達の表情が強張る。

「馬鹿な──神体兵器は遥か昔、聖戦士が破壊したはずだ!」

「それは神体兵器の、体だけだ。その体が爆発した跡に核は残っていて、ダークエルフの生き残りが回収してここへ隠し、それを我が何年もかけて復活させたのだ。大陸中から集めた大勢の人間どもを生贄に捧げてな!」

「何という事を!」

「ハッ──どうせ神体兵器が起動したら、ミルスの信者どもはこの世界から一人残らず皆殺しにしてやるんだ。死ぬのが早いか遅いかの違いだけさ。そして、最初の血祭りは……お前達だ!」

 魔王は身を翻して、神体兵器の格納庫に向かおうとする。

 だが、突然神体兵器の右手が動き出すと、壁を突き破り、祭壇を壊して、魔王の体を鷲掴わしづかみにする。

「神体兵器が……何故……勝手に……?」

 巨大な指に手足と体を握り潰される苦痛に顔を歪めながら、魔王が疑問を漏らすと、神体兵器の胸の装甲が開いて、中に設えられた操縦席に似た空間から、ダークエルフの女が姿を現す。

「ナリシア……貴様……何の……つもり、だ……?」

「分かりませんか魔王様? あなたはもう、用済みという事ですよ」

 出来の悪い生徒に教える女教師のように、ダークエルフ──ナリシアは答える。

「あなたには感謝していますよ。聖教会の奴らに魔族と迫害されていた私達ダークエルフや、オーク、ゴブリン等をまとめ上げて魔王軍を造り上げ、大陸諸国を滅ぼして回って生贄を集め、こうして神体兵器を復活させて頂いたのですからね──」

 ナリシアは白々しく一礼すると、話を続ける。

「ですがどれだけ闇魔法を極めても、大勢の配下を従えても、あなたの精神は、侍女を殺された恨みで一杯の子供の頃から、何も成長していないのですよ。そんな子供に、神体兵器これは任せられません」

「貴……様……」

「ご安心下さい。あなたの望み通り、聖教会もそれに従う奴らも皆殺しにさせて差し上げます。神体兵器の血肉の一部になる事でね──」

 そうナリシアが言うと、神体兵器の顔が上を向いて口を開け、魔王を掴んだ右腕がその上まで上がると、手が開かれる。

「ミ……ナ……」

 力無く呟きながら、魔王は神体兵器の口の中へ飲み込まれていく。すると、神体兵器の全身から膨大な魔力が迸り、口から爆発のような咆哮が上がる。

「ハハハハハハッ! 素晴らしい、これが神体兵器──神の力か!」

 神体兵器の力に酔い痴れるように、ナリシアは高笑いを上げる。

「それっ!」

 神体兵器が両腕を振るい、指先から発射された黒い弾丸が、神体兵器を囲むように壁に並んでいた宝珠を、め込まれていた壁ごと砕く。直後、辺り一面が揺れて大神殿の壁や柱が崩れ始める。

「光栄に思うがいい。新たな神の誕生を見届けて死ねる事を!」

 哄笑こうしょうするナリシアの姿が、閉じられる神体兵器の胸の装甲に隠れる。

 そして神体兵器の右手が高々と掲げられると、手の平から黒い光の奔流が放たれ、頭上に巨大な穴が開く。

 折しも太陽が月に完全に隠れ、暗くなった空に月から広がる太陽のコロナが輝いていた。

『見るがいい、天も新たな神を祝福しているぞ!』

 そして日食の空を目指すように、神体兵器はゆっくりと浮かび上がった──




 ゲーム『リヒト・レゲンデ』のラストバトル直前の場面を思い出しながら、僕は話し出す。

「三度自殺を図って、三度失敗に終わってから、僕はずっと考えていた。何故失敗したのか? 僕は何のために転生してきたのか──」

「は? 貴様、何を言って──」

 口を挟んでくるナリシアを無視して、僕は話を続ける。

「僕はある推測に行き着いた。『ヴィルマー』がただ死んでも、他の誰かが神体兵器の核を見つけ出して、復活のための生贄を集め、その過程で世界に破壊と殺戮、悲劇を撒き散らすのではないか? ならどうすれば良いか? 誰よりも先に神体兵器の核を見つけ出して、壊してしまえば良いんじゃないか、とね──」

 そして神体兵器の核が隠されている暗黒神の大神殿へ向かう途中、ナリシアが接触してきた事で、推測は確信に変わった。

 魔王ヴィルマーの側近として暗躍し、ゲーム中何度も勇者達の前に立ち塞がり、最後は魔王さえも裏切って神体兵器復活の生贄にする、『リヒト・レゲンデ』のラスボスであるダークエルフ。

「神体兵器の核は壊した。これでもう、神体兵器が復活する心配は無いし、そのための生贄狩りも無くなる。あと残る悲劇を引き起こす要素は二つ──魔王とラスボス。それが無くなれば、魔王軍は生まれず、破壊と殺戮は回避できる」

 僕は神体兵器の格納庫になる予定だったこの場所の壁に並べられた宝珠に向かって、ミナから貰った爆弾を、片っ端から導火線に火を付けては転がしていく。

 数秒後、連続で爆発が起こって煙が晴れると、宝珠は全部壊れていた。

 途端に辺り一面が揺れ出して、周りの壁や柱にヒビが入る。

「思った通りだ。壁の宝珠が全部壊れると、大神殿が自壊する仕組みになっているようだね」

「貴様、アーヴマンの大神殿を破壊するなど、こんな事を他のダークエルフが知ったら、ダークエルフ族全体が貴様の命を狙うぞ! いや、それ以前にこんな状況で生きて地上に戻れると思っているのか!?」

 周囲の轟音に負けじとナリシアが声を張り上げる。

「生きて戻るつもりなんて無いよ。神体兵器の核を壊したのを確認したら、ここで死ぬつもりだったんだ。最初からね」

「なっ──!」

「お前が僕達に接触してきた時、僕は確信したよ。これまでの自殺が失敗したのは、ここでお前と一緒に死ぬためなんだ、ってね」

「貴様、何を言って──」

「お前の野心と執念深さ、諦めの悪さは良く知っている。例え神体兵器の核を壊して復活を阻止しても、別のやり方で聖教会やミルスの信者達を皆殺しにして、世界を支配しようと企むに決まってる。だから未来の魔王もろともここで死んで貰うよ」

 そう話しているうちに、揺れは一層激しくなり、壁や柱のヒビが広がって、とうとう崩れ始める。

「これで世界の平和が守られる。愛と平和万歳だ」

 何千、何万という犠牲と悲劇を未然に防げたんだ。これで前世の罪も償えたかな──

「狂ってる! 貴様は狂ってるぞ!」

 ──せっかく今世の最期で感慨に浸ってたのに、ナリシアが横槍を入れてくる。

「失礼な事言うな! 僕は生まれてから今この瞬間まで正気そのものだ!」

 そう言い返した所で、一際大きな轟音が上から聞こえたので見上げると、天井が崩れて大量の瓦礫と土砂が降り注いでくる。瓦礫が頭に当たれば、上手くすれば即死だし、それが無理でもあれだけの瓦礫と土砂の下敷きになれば、最長でも二、三日で死ねるかな?


 あ~あ。今世の最後が、ナリシアのせいでグダグダになっちゃったよ。


 でも目的は果たせたんだし、まあいいか──

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