第8話 いきなりラストダンジョン

 大昔、何百年も前の事。

 大陸にはロマリア帝国という国が栄えていた。

 帝国は強大な魔法と、優れた魔法の道具を生み出し、その力で周りの国を次々と征服して大きくなり、大陸各地にたくさんの都市を造り、人々は豊かな生活を送っていた。


 しかしそこへ、北の国を支配するダークエルフ達が攻めて来る。

 彼らは暗黒神アーヴマンを崇拝し、人族よりも遥かに長い寿命と高い魔力を持ち、更にオーク、ゴブリン、オーガ等を従えて町や村を征服していった。征服された地では略奪の限りが尽くされ、財宝は奪われ、人々は捕えられて奴隷にされ、反抗する者は皆殺しにされた。

 ロマリア帝国も軍勢を差し向けて戦ったが、自慢の魔法や武器をもってしてもダークエルフ達は手強く、戦いは長く続いた。


 この戦いを終わらせようと、帝国はその魔法と技術の粋を集めてある兵器の開発に着手した。

 それは巨大な人型で、その腕はあらゆる物を握り、叩き潰し、その脚は進む先にある物をことごとく蹴散らし、踏み潰し、それが放つ光線は辺り一面を虫一匹、草一本たりとも存在しない不毛の土地へと変える強さで、帝国の技術者、魔術士達は、設計が完成したそれを誇るように『神体兵器』と命名した。

 だが、いよいよ製作に入った神体兵器は、完成間近の所をダークエルフ達に奪い取られてしまう。

 ダークエルフ達と戦うための神体兵器は、皮肉にもダークエルフ達によって、暗黒神の『神体』として完成されたのだった。

 神体兵器は目の前にある物全てを破壊しながら、ロマリア帝国の都に向かって進み、帝国は軍勢を差し向けるが、強力な魔法が掛かった武器も、膨大な魔力を込めた魔法も、神体兵器を倒す事ができなかった。

 迫り来る神体兵器に対し、帝国が最後の手段として、神体兵器に込められた闇の力を滅ぼす光の力を持った剣を、帝国で最高の鍛冶師が三日三晩を掛けて作り上げた。

 剣は帝国で最高の戦士に託され、帝国の軍の残り全てと共に打って出た戦士は、激しい戦いの末、神体兵器に剣を突き立て、これを破壊する事に成功する。

 だが、光と闇、強力な二つの力が衝突した事で大爆発が起こり、戦士と、生き残っていた帝国の軍勢は命を失い、ロマリア帝国の都も破壊され、やがて国も滅びる事になる──




「そうして古代ロマリア帝国が滅んだ後、人族はダークエルフを相手に一時は劣勢に立たされるけど、生き残った人々が結束し、古代の秘宝や魔法を発掘して再び力を付け、古代ロマリア帝国の後継を名乗る神聖ロマリア帝国が興ると、徐々にダークエルフの勢力を押し返して行き、最後にダークエルフ達が立て籠もったのが、暗黒神アーヴマンの聖地とされる黒の森だ」

 確認の意味を込めて僕がそう説明すると、ミナ以外の皆は呆気に取られた表情で僕の方を見る。まだ一〇歳の子供がこんな話をすれば、驚くのもまあ無理はないかな。でも、これは前世でプレイしていたRPGゲーム『リヒト・レゲンデ』の中で何度も説明される事だから覚えてたんだけどね。

「だが、グリムニア騎士団が黒の森に攻め込んで、追い詰められたダークエルフ達が森に火を放って全焼した後、焼け跡を探し回ったが、暗黒神の大神殿は見つからなかったそうじゃないか」

 ジーモンが反論すると僕も「そうだね」と頷く。

「でも考えてみてよ。黒の森が焼け跡から驚異的な速さで再生して、その後に興ったブロッケン王国と、この一帯を領有したノルドベルク公爵家が何度も黒の森を切り開こうとしたけど、その度にダークエルフの生き残りの妨害を受けて失敗したのは何故かな? そこにダークエルフ達にとって大切な物が、まだ残っているからじゃないのかな?」

 僕の話に皆がハッとなるのを見ると、水を一口飲んで喉を湿らせてから僕はもう一押しする。

「そもそも追い詰められていたと言っても、ダークエルフは何故自分達の聖地を燃やすなんてしたのかな?」

「それは敵に荒らされるくらいなら、自分達の手でと思ったんじゃないのか?」

「城を落とされてもしぶとく抵抗を続けていたダークエルフ達が、そんないさぎよい事を考えるかな? それよりも、一時森が燃えても大神殿は残ると確信していた方がらしいと思うよ。ついでに言うと、ダークエルフの国を再興するための手段も隠して、ね」

 僕の問いにジーモンが即答するが、僕が更に返すと、フィデリオが唸る。

「森が燃えても大丈夫な所──地下か!」

「成程ね、地面の下でコソコソと……いかにも暗黒神の信者らしいや」

 フィデリオが言うと、ウルズラも納得気に続き、ジーモンも「むぅ」と押し黙る。

「そんな所なら、ダークエルフの国を再興するための宝も一緒に隠してある可能性は大きいよね。金銀財宝はもちろん、古代から伝わる魔法の武具や魔法書なんかも期待できるかな?」

 目を輝かせるペーターに、ナリシアが「あるんじゃないか?」と素っ気なく返す。

「ですがこんな事、どんなきっかけで考え付いたのですか?」

「さっきも言ったけど、詮索せんさくは一切しないで。ただ強いて言うなら、世の中には秘密にしたつもりでも、思わぬ所で漏れているという事は意外とあるんだよ」

 フィデリオの質問を、僕はそう言ってはぐらかす。ここまで話した事は、全てゲーム内で説明されていた事や、公式サイトに掲載されていた裏情報なんだけど、さすがにそれは言えないからね。『どんな風にも解釈できる曖昧な表現で答えるのが、追及をかわす有効な方法ですよ』とミナから教わったのを参考にしてみたけど、効果があったみたいで皆黙ってる。どう解釈したかは分からないけど、僕としては暗黒神の大神殿で目的を果たせれば、誰がどう思おうが構わないしね。




 一夜明けて、僕達は再び出発し、しばらく進むと黒の森が見えてくる。

 森の入口で馬車はミナの無限収納インベントリに仕舞い、残った馬二頭に僕とミナがそれぞれ乗って、『灰色のからす』のメンバーとナリシアが徒歩で同行する。馬なんて乗れるかなと思ったけど、『ヴィルマー』は流石に貴族の子だけあって、乗って歩く位なら大丈夫だったし、ミナも平気で乗れていた。

「じゃあ行こうか」

 僕がそう声を掛けて、斥候のペーターを先頭に皆が黒の森に入る。

「ここが黒の森──」

 そう呟くフィデリオの声が若干震えている。冒険者としてかなりの場数を踏んでいるはずのフィデリオでも、黒の森では半端なく緊張するか。まあ気持ちは分かるよ。僕も『リヒト・レゲンデ』の終盤で黒の森に初めて入った時は、ワクワク感と同時に緊張もすごくしたからね。

「あ、そこの大きな木の分かれ道は左だよ」

 森を進んで行くにつれて、道順を思い出してきたので、所々で指示を出す。ゲームではやり込みプレイで何度も黒の森に入ったから、転生した後でも道順をしっかり覚えていたみたい。

「それにしても、黒の森に入ったらすぐ、ダークエルフやその手下の魔族に襲われると思ってたけど、ゴブリン一匹出やしないね」

「確かにそうだね」

 ウルズラが拍子抜けというように言ってくるので、僕も馬上からナリシアに視線を向けながら返す。

「何故私の方を見ながら言う?」

 ナリシアが僕に向かって振り向いて言ってくる。おっと鋭いね、注意しないと。

「あっ、あそこが明るくなってるよ」

 ペーターが獣道の向こうを指さして言う。

「お~っ……」

 そこを抜けた先にあったのは、森の中の開けた場所で、ジーモンが空を見上げながら声を上げる。

「ヴィルマー様、ちょうど良いからここで一休みしますか?」

「そうだね」

 ミナがそう提案すると、僕も即答する。ゲームの記憶でも確かこの辺りで森が開けていて、僕の考えが間違ってなかったという確信が一層深まった。


「さてと、多分この辺りに暗黒神の大神殿の入口があるはずだから、皆で探そう!」

 一休みの後、僕がそう号令を掛けて、一帯を探索に入る。

 ここまではゲームの記憶を頼りに辿り着けたけど、ここからは自力で入口を探さなくてはならない。

 何しろ『リヒト・レゲンデ』ではちょうどこの辺りに魔王城が建っていて、最上階にいる中ボスを倒した後、その先にある転移門を使って、真下にある暗黒神の大神殿にワープするという流れだったんだけど、僕がまだ闇堕ちして魔王になってないから、当然魔王城は建っていなくて、入口がどこにあるか分からないんだよね。

「こんな広い場所からかい!?」

 あからさまに嫌そうな顔で、ウルズラが言ってくる。

「まあそうだよね」

 僕もそう思うから、同意する。

「ねえ、どこに入口があるか、ナリシアは知らない?」

「だから、何故私に訊く?」

 ナリシアに訊いてみるけど、険のある視線と一緒に、即座に否定で返される。ちぇっ。

「でしたらみんながバラバラになって探すのは、見落としが出る危険がありますから、一列になって端から漏らさず地面を探すしかありませんね」

 ミナが言いながら立ち上がる。

 ああ、前世で見た刑事ドラマで、証拠品を探すためにそうやって現場を探すシーンがあったね。

「じゃあ人手は一人でも多い方がいいね」

 僕も参加しようと腰を上げるけど、

「そんな手間は要らない」

 ジーモンが制止すると、杖の先端で地面に何かを描き始める。

「そういう地面の下の探し物こそ、土魔法の出番ですよ」

 フィデリオが補足して言うと、ジーモンは何分もしないうちに複雑な文字と図形で構成された魔方陣を地面に描き上げる。

「それは?」

「特殊な魔力の波動を地中に向けて放射し、その反射から空洞や、埋まっている物体の位置を探る魔法です」

 フィデリオが代わりに答える。

「つまり、電磁波の代わりに魔力を使う地中レーダーみたいなものですか」

 ミナが僕にしか聞こえない小さな声で呟く。

「言っては悪いけど、よくそんな魔法を知ってるね」

「彼、冒険者になる前は鉱山で技師の見習いをやってたそうですよ」

「なるほど、鉱脈の探知や坑道の強化など、鉱山なら土魔法は需要が高いでしょうね。しかも技師なら鉱夫よりも待遇は良いはずですし」

 フィデリオの言葉にミナが納得する。

「そんな良い待遇を捨てて、言っては悪いけど何で冒険者になったの? 何か問題を起こして馘首クビにでもなったの?」

「親や周囲に勧められて鉱山に就職したけど、子供の頃からの夢を捨てられなかったってだけですよ」

 あと少しで目的地という所で問題を起こされたら嫌だなと思ってフィデリオに尋ねると、自嘲するような口調でジーモンが答えた。

「さて」

 ジーモンが目を閉じて呪文を唱え始めると、フィデリオが口に指を当てて『静かに』とジェスチャーをするので、僕達も黙っている。呪文が終わるとジーモンが険しい表情で地中に集中を集中するので、辺りを沈黙に支配される。

 やがてジーモンが杖を地面から離すと、その顔にはじっとりと汗がにじんでいる。

「……どうだ?」

 フィデリオが重い口を開いて尋ねる。

「……確かに、ここの下深くに巨大な空洞が確認できた。そこから通路らしいのが上へと伸びていて、その出口は、あそこだ──」

 集中でかなり消耗したのか、若干荒い呼吸でジーモンは十数メートル先の地面が盛り上がった場所を指さす。

「どれどれ」

 ペーターが早速駆け出す。

 僕達もすぐ後に続いて見てみるけど、草に覆われていて、地下への入口らしいものは見つからない。

「おいジーモン、本当にこんな所に暗黒神の大神殿の入口があるのかい!?」

「反応は確かにそこから来ていた」

 訝しむウルズラに、ジーモンが不愛想に答える。

「カリカリするんじゃないジーモン。そう簡単に分かるなら、とっくの昔に見つかってるさ」

 そう言ってフィデリオが剣で草を切り払うと、ミナが無限収納から取り出したシャベルを受け取り、盛り上がった場所の横腹に二、三回突き立てた所で、固い音を立ててシャベルの先が止まる。

 それを見て色めきだったウルズラ達も、ミナからシャベルを受け取って土を除け始め、瞬く間に石で造られた扉らしい物が現れる。

「このマーク──確かに暗黒神の紋章だ」

 扉に付いていた土を落として、扉の彫刻からゲームで幾度も見た事がある暗黒神の紋章を見付けると、周囲から驚きの声が上がる。『灰色の鴉』の面々は、暗黒神の大神殿の話に今まで半信半疑だったみたいだけど、本当に入口を見付けたら、流石に認めざるを得ないよね。

「「せ~の!」」

 フィデリオとウルズラが重い石の扉を開けると、その向こうには下へ降りる階段があって、日の光も届かない程に深くまで続いているようだった。

「ヴィルマー様」

「うん」

 ミナが無限収納から手提げ式のランタンを取り出して火を付け、僕に差し出して来るのを受け取る。『灰色の鴉』もペーターが、それにナリシアもそれぞれランタンを用意した所で、僕達は扉の先に足を踏み入れた。




「何この深さ! まさか地獄まで続いてるんじゃないだろうね?」

 下り階段の、あまりの長さに、ウルズラがぼやく。

「暗黒神の大神殿だそうだからな。地下に深ければ深い程良いとでも思ったんじゃないのか?」

「ハッ、いかにもダークエルフらしい陰湿な考えだな」

 フィデリオの意見に、ジーモンが悪態を吐く。

「でもほら、もうすぐ終わりだよ」

 ペーターが指さした先に、階段の終着点と、そこから先に続く扉が、ランタンの明かりに照らされて見えた。

 扉を開けて入ると、開けた空間に出たようだけど、あまりの広さにランタンの光が届かず、大きさが掴めない。

 ゲームだとちゃんと明かりが付いていたはずだから、どこかにスイッチが無いかと手探りで壁を探る。

「これかな?」

 入口の側にあったレバーらしい物を動かすと、ブゥン……と低い音がして、壁に一定の間隔で明かりが灯っていく。それにつれて、高い天井、太く重厚な柱、所々に置かれた彫刻などが照らし出される。

「「おぉ~っ」」

 僕だけじゃなく、ミナやフィデリオ達『灰色の鴉』のメンバーに、ナリシアも声を上げる。

 ゲームでは何度も見たけど、こうして生で見ると迫力が全然違う。流石は『リヒト・レゲンデ』のラストダンジョンだけの事はあるね。

 ──おっと、見惚みとれてる場合じゃない。

「さあ、先へ進もう」

 僕が声を掛けると、ミナ達はハッと我に返って動き出した。


「見なよ、この首飾り! 鑑定スキルの無いあたしにだって、物凄い高級品だって分かるよ!」

 大神殿で入った部屋の一つが宝物庫になっていて、山のように積み上げられた金銀財宝の中からウルズラが色とりどりの宝石を連ねた首飾りを掲げてみせる。

「そんな飾り物が何だって言うんだ。この本なんか古代の魔術書だぞ。これ以外にも古文書が何十冊もあったんだぞ!」

 興奮した口調でジーモンが言い返す。

「何という見事な……私も長く冒険者をやってきたが、これほどの魔剣は見た事がない!」

 隣の部屋ではフィデリオが壁に掛かっていた魔剣の数々に目を輝かせていた。

「本当にこれを……僕達が貰って良いんですか!?」

「構わないよ。みんなで山分けしよう」

 未だに信じられないという表情で財宝を見回しながら尋ねるペーターに、僕は即答する。

「それでは一旦、私が全部集めておきますね」

 ミナが大量の財宝を無限収納に収めていく。ゲームと違って大量の財宝を持ち歩くのは重量などの制限があるけど、ミナの無限収納のおかげでそういった事を一切気にしないで済む。

 ゲームだとダークエルフ達を始めとする強力な敵と沢山戦わなくちゃいけなくて、更には一番奥に魔王が待ち構えてるんだけど、ダークエルフ達も長い間見つけられなかったようだし、魔王が初めて入る訳だから、蜘蛛やゴキブリくらいしかいなかった。

 とは言っても、随所に仕掛けられていた罠は何百年も放置されていた割にしっかり機能していて、僕が指摘しなくちゃ危ないけど、何故気付いたのか、知っているのかと怪しまれるだろうからどうしようかと最初は本気で悩んだ。けど、心配に反してペーターがほとんどの罠を見付けて無効化したし、見付け損なって罠が作動した時も、フィデリオ達がフォローしたおかげで大事には至らなかった。扉も宝物庫や書庫など重要な部屋は鍵が掛かっていたけど、ペーターとナリシアがものの数分で開錠してしまった。

 ゲームでは闇堕ち直後の魔王に秒殺される噛ませ犬のポジションだったけど、客観的に見れば『灰色の鴉』は優秀な冒険者パーティーみたいだね。

 結果、暗黒神の大神殿は財宝の取り放題状態になって、僕達は財宝を集めながら下の層へ下の層へと進んで行った。


 そして──


「何だここは?」

 その層は廊下がまっすぐに伸びて、その先に大きな扉がある他は、扉が一切無かった。フィデリオが訝しむのも無理は無い。

「どうぞ扉を開けてお入り下さいって言ってるみたいだな」

 ジーモンが言ってる事が、実は正解。クライマックスに向けての制作側の演出なんだろうね。

 そうとは知らないペーターが隠し扉などを探して、見つからないのを確認してから扉を開け、中に入る。

「「おおっ──」」

 廊下から一気に開けた空間に、皆が思わず声を上げる。

 そこは教会の聖堂のように広い空間で、奥にはパーティーで一番背が高いウルズラよりも大きな、神像らしい像が置かれた祭壇があった。

『ようこそ、アーヴマンの聖堂へ』

 ここ──ラストダンジョンの最奥部へ到着した勇者達を迎える魔王の第一声をつい口にしたくなるのをぐっと堪える。

「ここで、終わりなのか!?」

 部屋を見回すナリシアが、信じられないように言う。

 そこは広さがある以外は祭壇の他に目に付く物が無く、フィデリオ達も財宝の類が見つからない事に不満気だったが、先へ続く扉なども見つからないと、「ここまでか」と肩をすくめる。

「まあ良いじゃないか。財宝は十分すぎるほど手に入ったし、この大神殿の場所をギルドに報告すれば、私達は発見者として名前が国中、いや、周辺諸国に広まるだろうさ」

 フィデリオがそう言って僕の方に目を遣る。

「良いよ、発見の功績は全部そっちで」

 向こうの言わんとする所を察して僕が答える。

「お~い、戻るよ」

 ウルズラがナリシアに声を掛けるが、ナリシアは返事もせず部屋を探っていた。

「諦めが悪いな。これだけお宝を手に入れても、まだ満足できないのか?」

 流石のジーモンも呆れたように呟く。

 とは言え、ここで終わる訳にはいかないのは僕も同じだ。

 僕は祭壇の前まで行くと、目を皿のようにして祭壇を調べているナリシアを横目に、祭壇の細工に偽装されている隠しスイッチを作動させる。

「「何!?」」

 突然部屋に響くゴゴゴとという鈍い音に身構える、『灰色の鴉』の面々とナリシア。

「祭壇が!」

 ミナの声に、全員の視線が祭壇に集まると、祭壇の奥、壁のくぼんだ所に置かれたアーヴマンの像が、徐々に左へと動いていく。

「これは──!?」

 像は背後の壁ごと部屋の壁の向こうに隠れ、隠されていた入口が現れる。

「何だこれは?」

 隠し扉の向こうに広がっていたのは、アーヴマンの聖堂よりも巨大な円筒形の空間で、特に天井は地上スレスレまであるのではないかという位高かった。ジャンルが違うのを覚悟でこの空間を例えると、巨大ロボットの格納庫というのがピッタリ来るかな。

「こんなのが、祭壇の向こうに隠してあるなんて──でも何もないじゃないか」

 入口は床から三階建てのビル位の位置にあったが、そこから一面を見渡しながらジーモンがぼやく。

「いや見ろ。あの床の中心に、何かあるぞ!」

 遠目には小さくて見え辛いが、フィデリオが指さした先には確かに卵状の物体が安置されているのが見えた。

「おい、ナリシア!」

『それ』を認めるや、ナリシアは柵を乗り越えて飛び降り、床に着地すると一直線に『それ』に向かっていく。

「ミナ!」

「ハイッ!」

 僕の一声でミナは即座に察し、無限収納から筒状の物体を取り出すと、先端から伸びた線にランタンから火を付け、「えいっ!」と投擲とうてきする。

「皆さん、耳を塞いで!」

 ミナの鋭い声に、僕と『灰色の鴉』の面々が反射的に両手で耳を塞ぐ。

 筒は『それ』と側に到着したナリシアの近くに落ちて、ナリシアは何だとそれを見ているようだったが、間もなく轟音とともに爆発が上がる。

「おい嬢ちゃん、何だあの魔法は!?」

「魔法ではありません。火薬です」

 裏返った声で尋ねるジーモンに、ミナが答える。

「木炭に、錬金術の店で買った硫黄と、お城の馬小屋の土壁から採った硝石を混ぜれば、黒色火薬の出来上がりです」

「早く下へ行こう」

 僕達は『灰色の鴉』の皆と一緒に、階段を下りる。


 最下層まで下りると、中心にあった卵状の物体は爆発で粉々に砕け散って、近くには全身を煤だらけにしてナリシアが倒れていた。

「貴……様……」

 僕達が近づくと、ナリシアは起き上がれないらしく首だけを動かし、憎々しげな眼で睨みつけてくる。

「何だ、まだ生きてたのか」

 ついそんな独り言が出てしまう。

「ミナ、威力が足りないじゃないか」

「申し訳ありませんヴィルマー様。何分火薬を作るのは初めてで、威力を確かめる時間も無かったものですから……」

「まあ仕方ないか、爆発物は専門じゃないしね。作れるくらいの理系知識があるだけ良かったとするべきか」

「ヴィルマー様、呑気に会話をしている場合ですか!?」

 フィデリオが顔面を蒼白にして叫ぶ。ああそうか、ミナ以外にはナリシアの正体を話してなかったんだっけ。

「そいつの耳飾りを外してごらん」

 僕が言うと、ウルズラとペーターが困惑の表情でナリシアの両耳に付いている耳飾りを外す。

 すると、ナリシアの肌がみるみる褐色に変わっていく。

「その耳飾りは、ダークエルフが肌の色を偽装するために使う魔法の道具だよ」

 驚く『灰色の鴉』の面々に僕は説明を続ける。

「そいつの目的は僕と同じ、そこで粉々になっている物──『神体兵器』の核だよ」

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