第2話 古井戸は精霊スポット?

「風よ!」

 僕の声に応えるように、前に伸ばした右手から風が起こる。

 風は前に向かって吹き、一〇メートル以上も先の燭台に立てられた蝋燭の火を消す。

「おおっ、見事!」

「呪文の詠唱えいしょうも無く、それどころか理論も知らずに風を起こせるとは!」

「風魔法のスキル適性を持っていても、最初からこれほどの事は出来ませんぞ!」

「これが、風の上位精霊の加護なのね」

 御爺様を始め、周りの人達が口々に歓声を上げた。




 僕が城の尖塔からの飛び降り自殺に失敗した後、城中がバタバタと慌ただしく、太陽が沈んでまた登り、正午の鐘が鳴る頃にようやく落ち着きを取り戻すと、御爺様、修道士達も同席した昼食の席で、修道士の一人がこんな事を言い出してきた。

「ところでヴィルマー様が風の精霊から受けた加護ですが、あれは実際の所、どれほどの効果があるのでしょうか?」

 その発言に、御爺様が眉をひそめる。

「それは光明神ミルスに仕える修道士にあるまじき発言ではないか? 精霊は神話に於いて、ミルスが定めた秩序の下に風や水などの自然現象を司るとされている。その加護を疑う事は、ミルスを疑う事と見做みなされかねないのではと愚考するが?」

「いやいや、そのような事は決して! ただ伝説のみでしか知る事が無かった精霊の加護というものがいかほどの物か、興味があっただけでして……」

「ほほう、精霊の加護を興味本位で、と?」

「いや、私はただ……」

 御爺様に睨み付けられて、修道士がしどろもどろになる。

「まあまあ公爵様、あまりウチの子をいじめないでくれるかしら?」

 別の修道士がオネエ言葉で間に入ると、御爺様が「むぅ」とうなりながら矛を収める。

「でも本当に、風の精霊の加護がヴィルマーちゃんに宿っているかは確かめなくちゃいけないわよね」

其方そなたまでそんな事を言うのか、クレメンス!」

 鋭い語気で御爺様は言うが、修道士──クレメンスは怯んだそぶりも見せない。

「そうは言うけど、風の上位精霊がヴィルマーちゃんを助けたのは事実だとして、精霊の加護とは別の話よ。下手したら公爵様がヴィルマーちゃんを守るためにでっち上げたって、『上』がイチャモン付けて来るかも知れないじゃない? そうなったら公爵様だけじゃなくて、報告を上げたアタシ誰までとばっちりを受けちゃうんだから、誰にも文句が付けられない形で証明する必要があるの。お分かりかしら?」

「うむむ……」

 クレメンスの説明に再び唸る御爺様。

「ならば、どうすれば証明できるというのだ?」

 数秒後、再び口を開く御爺様に、クレメンスは「そうねぇ」と一拍置いてから続ける。

「例えば、窓やドアを閉め切った部屋の中で、息が届かないくらい離れた所にある蝋燭の火を、風魔法の詠唱無しで風を起こして吹き消す事が出来れば、文句の付けようが無いわね」

「クレメンス! 貴様は自分がどんな無茶を言ってるのか分かっているのか!?」

 いきなり御爺様は椅子を蹴って、身を乗り出しながら語気を荒げる。

「分かってるわよ。普通は呪文の詠唱も無しで魔法を起動させるなんて無理よ。よっぽど高位の魔術士か、精霊の加護でも無い限りは、ね?」

「つまり、その位の事が出来なければ、精霊の加護が付いているとは証明できない、か……」

 クレメンスの言わんとする所を理解した御爺様は、渋面のままながら椅子に腰を下ろす。

「ヴィルマー、済まんがやってくれるか?」

 数秒間の沈黙の後、御爺様がそう言ってくる。

 本音を言えば、そんな事をする位ならさっさと、そして今度こそ自殺したい所なんだけれど、修道士や使用人達の期待に満ちた視線と、拒否する事なんて無いよねという雰囲気に逆らうほど、僕は我儘わがままでも自分本位でもなかったようで、「はい」と答えるしかなかった。




 という経緯で、使用人達が火の付いた蝋燭を立てた燭台を用意して、僕が風の精霊に呼びかけてみると、即座に風が吹いて蝋燭の火は消えて、今に至る訳だ。


「コラッ、公爵様達の前で泣くなど失礼だろう!」

 突然涙を流す侍女を、家令が叱りつける。

「申し訳ありません。ですが、クリスタ様の事を思い出して……」

 袖口で涙を拭いながら侍女が言う。

「そうか。其方、元はクリスタの専属だったな……」

 御爺様は重い口調で家令の方に視線を遣ると、家令も察したらしく無言で頷き、それ以上侍女をとがめなかった。

「ヴィルマー、其方の亡き母クリスタは優れた風魔法の使い手だった。こうして其方に風の上位精霊の加護が付いたのも、其方に流れるクリスタの血と、天上にいる母の愛のおかげかも知れんな──」

 そう言って御爺様は、天井を見上げながらグラスを掲げた。




「ハァ……」

 会食が終わって自分の部屋に戻るなり、僕はベッドに仰向けに倒れ込む。

「お疲れのようですね?」

 僕に付いて部屋に入ったミナが、頭上から尋ねてくる。

「うん。精霊に呼びかけるって、魔力を消費するみたいだね。それもあるけど、今の状況を考えるだけで気が重くて重くて……」

 闇魔法のスキル適性が出るという、人生が詰んだも同然の状態で自殺を図ったら、風の上位精霊に助けられて、おまけに加護まで与えられた──端からは人生のどん底から、英雄譚のような大逆転に見えるだろうね。

 けどゲームで自分が辿る運命を知っている僕にとっては、苦悩が増えただけでしかない。

「魔王がチートスキル持ちって、ゲームで言ったらハードモードになるって事だよね。そんな魔王が破壊と殺戮なんかしたら、ゲーム以上に犠牲者が出るだろうし、下手をしたら勇者達でも倒せないかも知れないじゃないか。迷惑を掛けないために自殺するつもりが、余計に事態を悪化させるなんて、どうすれば良いんだ……」

 ベッドの上でうつ伏せに転がって、僕は頭を抱える。

「何弱気な事をおっしゃいますか。一度の失敗なんかで挫けてはいけませんよ」

 ミナに言われて、僕は再度仰向けに転がって彼女を見上げる。

「ポジティブに考えましょう。当面はあの修道院長がいる修道院に連れて行かれずに済んだのですから」

「そうだね。それにしても何だろうね、あの院長」

「そうですね」

 ミナと二人で同時に溜息を吐く。




 投身自殺が失敗に終わった直後、僕は修道士達の紹介を受けたのだけれど、

「そちらは初めてかしら。アタシは王都郊外の修道院で院長をやってるクレメンス・フォン・ゲーレンよ。親しみを込めてマザー・クレメンスと呼んでくれても良いわよ」

 代表者である院長のクレメンスの自己紹介に、僕は「はぁ?」という言葉が漏れそうになった。

「マザーって、院長は男じゃ──」

 そう言いかけた所で、御爺様に横から止められた。

「確かにそいつは女ではない。だが、男でも……ない」

 御爺様らしくなく歯切れの悪い言葉に、クレメンスは「いや~ん」と股間を抑えて身をくねらせた。

「つまりは……そういう事だ」




「あんな院長がいる修道院に連れて行かれたら、ヴィルマー様、その……」

「言わなくて良いよ」

 赤面しながら言うミナを遮って、僕は上体を起こす。

「そうだ、思い出した。確か『リヒト・レゲンデ』に出てくる中ボスで、邪神官クレメンスという魔王軍の幹部がいたんだ。ゲームと全然キャラクターが違うから、今までピンと来なかったけど」

 ゲームではあんな質素な修道士の服じゃなくて、もっと派手な格好だったし、オネエ言葉なんて使わなかったから別人みたいだったけど、じっくり思い出してみれば顔がそっくりだから間違いない。

「それじゃ、あの人も私達と同じ転生者でしょうか?」

「ここに二人いるんだから、三人目がいたって不思議は無いね」

「でしたらその……その院長にも相談されるというのはいかがでしょうか……」

 そう言ってくるミナの言葉は、あまり気が進まないようだった。

「せっかくの提案だけど、やめとくよ」

「そうですか」

 明らかな安堵の表情で、ミナが返す。

「だって、いくら転生者でもミナみたいに協力してくれるとは限らないよ。下手したら『自殺なんて考えないで、アタシに身も心も任せちゃいなさいよ』なんて言いかねないし。それで闇堕ちなんてしたら……オネエの魔王なんて、色んな意味で嫌だよ!」

 ゲームに出て来た禍々しい黒ずくめの格好で、頭に髑髏どくろが付いた杖を持った魔王ヴィルマーがオネエ言葉を喋り、『オホホ』と高笑いを上げ、下手したら化粧なんかして……

「ウェェェッ!」

「どうしました! ご気分でも悪くなりましたか?」

「いや、大丈夫。ちょっと自分の想像に気持ち悪くなっただけだから」

 心配するミナを制止する。うん、あんな魔王がゲームの企画会議に上がったら、きっと猛反対の嵐に遭うね。

「とにかく、一日も早く、そして今度こそ確実に死ななくちゃいけない。と言う訳でミナ、また頼って悪いけど、良い方法は無い?」

 前回の投身自殺は精霊の妨害というイレギュラーがあって失敗したけど、あれは普通に考えれば最も成功率が高く、且つ苦しまないで死ねる方法だったのは、素人の僕でも理解できた。餅は餅屋と前世では言ってたけど、自殺という普通に生きる分にはまずやらない事を成功させるには、プロの助言を仰ぐのが一番だ。

「お任せ下さいヴィルマー様。そう言ってくると思って、既に頭の中で苦しまない死に方や派手な死に方、鬼気迫る死に顔に成る程苦しい死に方に至るまで、百通りは考えてます」

「流石はミナだ。それならいつ実行しようか?」

「善は急げと言います。これから早速掛かりましょう」




「はい、こちらです」

 ミナに案内されて着いたのは、城の裏庭に隠れるようにあった井戸だった。蓋が閉められた上に鎖と地面に刺さった鉄製の杭でしっかり固定されていて、もう長い年月使われていないらしく、鎖と杭は赤茶色の錆が浮いていた。

「井戸に飛び込んで死ぬのか。苦しそうだな」

 思わず口に出てしまう。

「いや、贅沢ぜいたく言っちゃいけないよね。世界の平和の為なんだから」

 そう自分を奮い立たせる。

「ヴィルマー様、意気込んでいる所を申し訳ありませんが、溺死できしできるほど水量があるとは限りません」

「え?」

 ミナの言葉に腰砕けになりかけるが、何とか持ちこたえる。

「井戸に転落した事故の死因は酸欠が最も多いんです。二酸化炭素は空気より重くて無色無臭ですから、井戸の底で長時間いると気付かない間に意識が無くなってそのまま酸欠死するんです。あとこれだけ放置されていた井戸なら、硫化水素りゅうかすいそが溜まっているかも知れません。濃度が高ければ一、二回の呼吸で呼吸麻痺、意識不明になって、あっと言う間に死ねますよ」

「そうなったら良いな……あ、でもまずこの蓋を開けられないと話にならないよ」

「大丈夫です。私に抜かりはありません」

 そう言って、ミナがヤスリを取り出して蓋を固定している鎖をガリガリとこすると、錆まみれの鎖はすぐに切れる。流石はミナだ。

「ヴィルマー様、蓋が重いので開けるのを手伝って下さい」

「分かった。せーの!」

 ミナと力を合わせて蓋を地面に下ろすと、二人で一緒に中をのぞき込む。結構深いらしく、底が見えないので、ミナが拾った小石を中に入れると、二、三秒後にポチャンと音が聞こえた。

「水はあるようですね」

「でも水の量までは分からないね。もし浅かったら、飛び込んでもドボンっていかなくて、ボキッって足を折って、窒息死するまで痛みで苦しむ事にもなりかねないな」

「水の量もそうですけど、深さも気を付けなくてはいけません。飛び込みの高さがあり過ぎると加速が付いて、水面がコンクリート並みの硬さになる事もあるそうですから」

「なるほど、流石はミナだ」

「どちらにしても、中途半端な深さで飛び込んで即死できずに怪我をしたら、死ぬまでの間痛みで苦しむ事になります。ですから、これを使いましょう」

 そう言ってミナが取り出したのは束ねたロープで、これをほどくと一方の端を近くの木に念入りに結びつけて、残りを井戸に放り込む。

「こちらを伝ってゆっくり下りて下さい。あと、滑り止めと手の保護のためにこちらを」

 続いてミナが取り出した革手袋を受け取ると、僕はしっかりと両手にめてロープを掴む。

「それではヴィルマー様、ってらっしゃいませ」

「ありがとうミナ、この恩は死んでも忘れないから」

 そうミナに言うと、僕は枠を乗り越えて井戸の中へ入る。




 両手に掴んだロープと、壁に掛けた両足で体重を支えながら、ゆっくりと下へ下へ降りていくと、何分もしないうちに足が水面に触れたので、もう大丈夫かと思って手を離す。

 バシャーンと水音を中に響かせて体が水の中に落ちる。

 そのまま頭まで水に浸かったので、深いのかと思って足を下に伸ばすと、あっさり靴底が固い感触を捉える。更に足に力を込めると、肩から上が水面から出てしまった。

「ヴィルマー様、どうですか?」

 二回ほど呼吸した所で、上からミナが声を掛けてきた。

「今の所、普通に呼吸できてるよ。水も僕の肩くらいだし、すぐには死ねそうにないみたいだ」

「そうですか。あまり長くいると他の人達が怪しんで探しに来るかも知れませんから、私はこれで失礼します。良い死出の旅を」

 そうミナが言うと、ロープが上へ引き上げられ、ミナ一人だとあの蓋を持ち上げるのは大変らしく、数秒間挟んでゆっくりと蓋が閉じられていく。これで退路は断たれた訳だ。

「とりあえずミナが城の中に戻れば多少は時間が稼げるだろうけど、僕がいないのはじきに分かるだろう。そうなればここが見つかるのは時間の問題、か……」

 硫化水素は溜まっていなかったし、悠長に酸欠死を待っている訳にはいかない。これはもう、少しでも早く死ぬ努力をしないと。

「せーの!」

 僕は水の中に頭を入れると、そのまま頭の方が下になるように姿勢を変えようと試みる。溺死は苦しいだろうけど、ここは時間を優先で我慢しよう。

 激しく動いたせいでどんどん息が漏れていくけど、どうにか下向きの体勢にできた。後はこれを維持して少しでも早く窒息・溺死できれば良いのだけど、これがなかなか大変で、すぐに上下が戻ってしまいそうになる。

 井戸の底かその近くに手か指を引っ掛ける所は無いかと、蓋の隙間からわず)かに漏れる光を頼りに探してみると、底にレリーフが刻まれていて、その中心に宝石らしい色付きの石が填まっているのが見えた。

 あれを外せば指を引っ掛ける穴が空くと考えた僕は、宝石に向かって手を伸ばす。

 右手の人差し指と親指で宝石を捉えると、目一杯力を込める。簡単には外せないと覚悟していたけど、ミナから貰った革手袋のおかげで指が滑らずに済み、加えて長い間水に浸かっていたおかげで底の石が風化していたらしく、周りの石が砕けて宝石が外れる。

(「良し──」)

 僕は宝石を水中に捨てると、早速空いた穴を指に引っ掛けようと手を伸ばす。

 そして穴に右手の中指を引っかけようとすると、突然井戸の底のレリーフと周囲の境目で、円形状に光が漏れ出す。

(「何だ?」)

 穴に指を引っ掛けるのも忘れて戸惑っていると、光はどんどん強くなり、レリーフの部分がガタガタと動き出し、ゴトンとひとりでに外れてしまう。

 次の瞬間、レリーフの下から猛烈な勢いで水が噴き出し、僕はガバッと肺の中から空気を押し出されながら、状況を把握しきれないまま水の流れに呑まれていく。


 ──息が、できる!?


 気が付くと、僕は空中に投げ出されていて、そのまま地面にドサッと落ちる。

 井戸からは僕が吐き出された後も、並々と水が湧き出していて、周りの地面を濡らしていく。

「ヴィルマー様!」

 水音を聞きつけて、慌てて引き返したらしく、ミナが駆け寄って来る。

「まだ生きてますか? 死んでないのですか?」

 困惑顔でミナが僕と井戸を交互に見ると、他の人達も異変を察知して駆けつけて来る。

「何だこの水は!?」

「ここの井戸って、確か二〇年も前に水が枯れたから封鎖してたやつだろ!?」

「コラッ、そんな事より何故ヴィルマー様がここにいるのかだろう!」

 騒ぐ使用人達を家令が叱り付ける。

「あっ!」

「だから騒ぐより先に──」

 また使用人達が騒ぎ出したので家令が叱ろうとした所で、使用人達が井戸の方を指さしているのに気付いて振り向くと、「なっ──!!」と家令が絶句する。

「どうしたの?」

 僕も井戸の方を見ると、井戸から水があふれ出すのが止まっていたけど、騒いだり絶句するほどの事でもないよね。

「ヴィルマー様、もっと上です」

「上?」

 ミナに言われて視線を井戸から上に上げると、水が固まりになって浮いていた。

 それは粘土細工のように形を変えていくと、瞬く間に人型──それも女性の姿になった。

「あれはまさか、水の精霊?」

「あれほどはっきり形を持って、しかも人と同じ大きさなんて、見た事が無いぞ!」

「もしかして、上位精霊!? また!?」

 公爵家に仕える魔術士達が、口々に驚きの声を上げる。

 人型──水の精霊は、僕の方へ手をかざすと、そこから拳より少し大きめの水がかたまりになって分かれる。その塊は僕に向かってフワフワとやって来ると、僕の右手を包み込む。

「えっ──!?」

 僕や周りが困惑する中、水の中で僕の右手の甲に水を象徴化したような紋様が現れると、水は一瞬で蒸発するように消える。

「あの紋様は──まさか、精霊の加護の証!?」

「また!?」

 周りが大騒ぎする中、紋様は右手の甲にスーッと吸い込まれるように消えると、水の精霊も同時に消えていった。




「こんなに集まって、何がどうしたのだ!?」

 そこへ御爺様が荒い息を吐いてやって来る。

「は、はい! ヴィルマー様の手に紋様が現れました!」

「封鎖していた古井戸から、水がドバーッって吹き出しまして!」

「あれは水の上位精霊の加護に間違いありません!」

「水の精霊が現れまして!」

「えぇい、全然分からん! ちゃんと順序立てて説明しろ!」

 眉間に皺を寄せて御爺様が言うと、家令が他を抑えてて一部始終を説明する。

「……つまり、大きな水音がして来てみたらヴィルマーとミナがいて、封鎖していたはずの古井戸から水が溢れ出していて、そこから水の上位精霊が現れて、ヴィルマーに加護を授けた、と……」

 情報量の多さに、御爺様が渋面を深くする。

「そう言えば、ここがノルドベルク公爵家の領地になるよりも遥か昔、ダークエルフの王国だった時代、この場所にはダークエルフの王城が建っていた事は皆様ご存じと思いますが……ダークエルフ達は水の上位精霊を呪縛し、兵器として使っていたという記録を見た事があります。王国の軍が城を制圧した後、精霊が封じられている場所を虱潰しらみつぶしに探しましたが、見つからなかったそうでして……」

「その後、ダークエルフの城など忌まわしいという事で、元の城を取り壊して今の城が建てられたが、精霊が封じられているとも気付かずに、井戸はそのまま使われて、そのうち放置されたという訳か……」

 使用人の中でも古株である、城の書庫の管理人が口にすると、御爺様が続けて、深く溜息を吐く。

「で、ヴィルマー。何故そんな放置されていた古井戸になどいたのだ?」

 いきなり御爺様が振り向いて、僕に訊いてくる。

「何故って、死ぬために決まってます」

 即答する僕に、御爺様だけでなく、ミナを除いた全員が一瞬呆けた顔になるが、すぐに僕が言った意味を理解したらしい。

「何故また自殺などするのだ? 上位精霊の加護を受けて、死ぬ必要など無くなったというのに!」

「お待ちになって。正確にはまだ保留だって事を忘れちゃ駄目よ」

 いつの間にか来ていたクレメンスが、御爺様にそう訂正する。

「必要が無いとか保留とか、そもそも精霊の加護くらいで、僕が死ななくて良い理由にはならないでしょう!」

 状況の深刻さを全く理解していない御爺様達に、僕はそう言い返す。何故皆それが分からないんだろう?

「お前の考えの方が分からんわ!!」

 御爺様の絶叫が、城中に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る