第29話 気分転換
これからどうすればいいんだろう?
どうやって生きていけばいいんだろう?
アンリの運命の相手として認識されている以上、いくら陽香が否定したところで邪魔な存在であることに変わりはない。今は保護されている状態であるが、このままでは自立も出来ないし何より中途半端な立場のままだ。
運命の相手であるがゆえに厳重な警備体制を敷かれているものの、城を出てアンリの庇護下から離れてしまえば、早々に消されてしまうだろう。
(結局どこにも行けなくない?……そもそもメルヴィンはどういうつもりで言ったのか確認していないし……)
『俺が行ける場所なら、何処でも連れていってやる』
この環境から連れ出してくれるように感じていたのだが、護衛として支障のない範囲という意味だったのではないかという気がしてきた。専属騎士といってもメルヴィンはアンリの配下でトルドベール王国の人間なのだ。
勝手に思い込んだといえばそれまでだが、騙されたような気分になって別のことを考える。
(どうしたら幸せになれる?……ううん、何が私の幸せなんだろう?)
悩んでも答えは出ず、いつの間にかメルヴィンの言葉に振り回されていることに気づく。
何処でも連れて行くとか幸せになっていいとか、当然のように断言するから頭を悩まされる羽目になっているのだ。
「どうした?」
睨みつけるとメルヴィンはすぐに気づいて柔らかな口調で訊ねられるが、何だか子供に対する接し方のようで面白くない。
無言で視線を逸らしたものの、それも子供っぽい振る舞いだと気づいて苦々しく思っているとアンリが話しかけてきた。
「今日は天気も良いし、気晴らしに庭の散策でもどうかな?」
「……そうだね」
部屋に閉じこもっているよりも、気分転換をしたほうが精神的にも良さそうだ。だが中庭は花束を作った時のことを思い出すためあまり積極的に訪れたい場所でもない。そんな思いから曖昧な返事をしたのだが、アンリは予想外の行動に出た。
「失礼するよ」
「っ、アンリ!?」
突然身体が浮き上がったことで、陽香は咄嗟にアンリにしがみつく。
「怪我をしているハルカを歩かせるわけにはいかないからね。一応私も鍛えているし、絶対に落としたりしないから安心していいよ」
陽香を抱え上げたままアンリはにっこりと微笑んでいて、しっかりとした足取りで進んでいく。落とすかどうかの心配ではなく羞恥心の問題だとメルヴィンのほうを向けば、専属騎士は視線を逸らしている。あっさりと裏切ったメルヴィンに陽香は心の中であらん限りの悪態を吐いたのだった。
「散策なんだから、いい加減に下ろしてよ」
途中ですれ違った侍女たちの視線に晒されたせいで、つっけんどんな口調の陽香をアンリは苦笑を浮かべながらも、すぐさま解放した。
エスコートの手を無視して、陽香は火照った頬に手を当てながらさっさと先に進む。どんな陰口を叩かれても今更だったが、傍から見れば甘えているように見えたのではないかと思い至って恥ずかしさが込み上げていた。
色彩豊かな花々が咲き誇る庭はいつ見ても手入れが行き届いて美しい。そんな風景を眺めていれば心が少しずつ落ち着いてくる。
(結局、お花渡せなかったな……)
丁寧に包んだ花束も踏みつぶされて無残な状態になっていた。お見舞いに花束をと考えたものの、嫌なことを思い出させてしまうかもしれない。
「ハルカ、少し動かないで」
アンリの言葉に顔を上げれば、耳の辺りに何かが触れた。ゴミでも付いているのだろうか。
「え、何?」
「綺麗な黒髪に似合っているよ。部屋に戻るまでいいから付けていて欲しいな」
近くにあった噴水を覗き込めば、薔薇に似た薄紅色の花が耳の上あたりに留められている。丸みのある花弁と落ち着いた色合いは可愛らしく、うっかり触れて散らしてしまうのは躊躇われた。
「……何ていう花なの?」
「秘密。綺麗な花だよね」
言葉に滲む温度に身構えたものの、アンリの視線は花々に向けられている。少しだけ寂しさが混じる愛おしそうな微笑みから目を逸らし、陽香は別の話題を口にした。
「メルヴィンと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩と呼べるほど立派なものじゃないよ。私が一方的に腹を立てているだから、ただの八つ当たりだ。……みっともないね」
自嘲するように呟いて、アンリはまた笑みを浮かべる。結局のところアンリは真面目なのだろうと陽香は思う。適当に誤魔化せばいいのに自分に非があることを隠さず、そのことを恥じているのだ。
「別にみっともなくはないんじゃない?多少八つ当たりしたところで壊れるような関係性じゃないならそれでいいと思うし、悪いと思ったら謝ればいいんだから」
そういえば自分もメルヴィンに派手に八つ当たりしたことを思い出す。自分のことを棚に上げた状態だが、まあいいやと流すことにする。
「……うん、そうだね。そうするよ」
少しだけ表情を和らげたアンリとしばらく無言で庭を歩いたが、その沈黙は気まずいものではない。
思っていた以上に良い気分転換となった散策から戻ってきた陽香を待っていたのは、一通の招待状だった。
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