第30話 招待状

「このタイミングで茶会など何か企んでいるとしか思えない」


硬い口調で不信感を滲ませながらアンリは手紙をテーブルの上に置く。陽香宛てに届いたのは、ジゼル・バゼーヌ侯爵令嬢からの茶会の誘いだった。


「それは私を殺そうとしたのがバゼーヌ侯爵家だから?」


あの事件の後、調査中だと言う理由で何も知らされていなかったが、あれ以上陽香を動揺させないためだったのだろう。陽香の言葉にアンリは躊躇いながらも肯定の意を示した。


「一番疑わしくそれが可能だと言うだけで、まだ確固たる証拠は得られていないんだ。他にも候補はいるが、これほどの危険を冒すとなると相応のメリットがなければ見合わないからね」


娘を王太子妃にと望んでいるバゼーヌ侯爵にとって一番の障害は、運命の相手である陽香だ。

ちなみに次に怪しいのは王妃だが、動機がやや弱い。現時点で陽香の命を狙うメリットはないし、脅すためだけならわざわざ暗殺者を雇う必要がなかったからだ。


あの時店内にいた3人のうち、1人は傷を負わせたものの逃がしてしまい、他の二人は逃げきれないと悟った途端にその場で自害した。身元を調べているものの、迷わず命を絶ったことから暗殺などを生業とした集団の一味だと見られている。

逃げた男と残留物から調査を行っているが、依頼者に辿り着く可能性は低い。


「そっか。じゃあ招待に応じたほうがいいね」


陽香がそう言うと、アンリとメルヴィンがぎょっとした表情になった。


「ハルカ、それは危険すぎる。相手の領域にわざわざ出向く必要はない」

「相手が何かしてくるつもりなら、逆に絶好の機会じゃないの?それなりの危険を負わなきゃ対価が得られないでしょ。……エディットさんを傷付けた連中をそのままにはしておけない」


陽香がそう反論するとメルヴィンが顔を顰めた。実行犯の1人を取り逃し、有力な証言を得られなかったことをメルヴィンは悔いているのだ。狙われたのはエディットではないが、犯人が捕まえなければいつまでも不安は残るだろう。


「それにその場で命を奪われることまではしないはずだよ」


招待した相手が亡くなれば疑われるのは必至だし、そこまで短絡的だとは思わない。ただこれがジゼル本人の意思なのか、バゼーヌ侯爵からの指示なのかで話は変わってくる。


「証拠を掴むためにハルカを囮にする気はないよ」

「でもいつまでもこのままじゃいられないよね」


断固反対の構えを見せていたアンリの瞳が揺らいだ。陽香が諦めていたからこそ触れずにいた話だったが、その先を考えてしまったからには避けて通れないことだった。


「アンリ、私はあなたの妃にはならないよ。だけどアンリは王太子で、必ず妃を迎える必要があるんだよね?候補者として一番適任なのはジゼル嬢だと思っているんだけど、間違ってる?」


王太子妃を周辺諸国から迎えることも可能だろうが、アンリと国王夫妻の関係を考えるに国内の有力貴族から娶る方がアンリの力になるはずだ。


「……ジゼル嬢は社交界でも評価は高く、母上にも気に入られていて身分も問題ない。そういう意味では最有力候補に違いないが、バゼーヌ侯爵たちが罪を犯しているなら話は別だ」

「親の罪を子供も負わなくてはいけないの?」


陽香の言葉にアンリは無言で目を瞠った。軽い気持ちで発した言葉だが、それが国の決まりであるならば陽香が口出しすることではないし、現時点でジゼルが何もしていないという証拠もない。


(でも、あの子は関わっていない気がする……)


あの短時間で相手の人となりを十分に理解したとは言い切れない。陽香の考えが甘いのかもしれないが、あの時ジゼルが見せた感情は本物だと思っている。


「ハルカはどうしてそんなにジゼル嬢に肩入れするんだ?」


そんなに肩入れしているつもりはなかったが、メルヴィンからすれば一度しか会ったことがない令嬢を警戒していないことが不思議なのだろう。


「ジゼル嬢の言葉に嘘を感じなかったし、私が今まで会ったことがある人たちの中では、彼女が一番アンリのことを考えていたから」


ジゼルの言葉の端々にはアンリへの気遣いが感じられた。だからこそ、アンリが悲しむから陽香を害するような真似はしたくないと言ったジゼルの言葉を陽香は信じたのだ。

視線を正面に戻すと、何故かアンリが片手で顔を覆って俯いている。


「……ハルカ、それは………狡い」

「何が?ちょっと意味が分かんないんだけど……」


メルヴィンを見ると無言で首を振られたが、何となく残念なものを見るような目で見られている気がする。

首を傾げながらもアンリが落ち着くのを待って、陽香は本題を切り出したのだった。

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