第13話 専属騎士

「それならさ、私の運命の相手になってよ。……運命の相手なら味方でいてくれるんだよね?」


縋るような瞳はすぐに諦観へと変わる。叶わない願いだと知りつつそれを口にした自分を恥じるように寂しそうに笑う。メルヴィンはそんなハルカが今にも消えてしまいそうだと思った。


「運命は変えようがないが、専属騎士にならなれる。側にいて護る役目だから味方と同じだろう。それじゃ駄目か?」


やるせない気持ちが込み上げてきて、口にした言葉は本心だ。アンリの承諾が必要になるが元々検討されていたことでもあり、決して無理な話ではない。

とろんとした目は今にも閉じられそうだが、メルヴィンの言葉の意図を考えようとしているのか眉を顰めている。その間もふらふらと身体が揺れて危なっかしい。


普段は決して見せない無防備な姿に胸が痛む。まだ幼さを残す表情と達観した言動の落差がメルヴィンの罪悪感を煽る。召喚されなければきっと平穏な人生を無邪気に謳歌していたはずなのだ。


「……頼むから生きることを諦めないでくれ」


こぼれた言葉にハルカの動きがぴたりと止まった。眠気に耐えられず細めた目で何かを探すように彷徨わせたあと、泣きそうな表情で小さく頷いたようだが、力尽きたようにがくりと下を向いて動かなくなった。


そのまま寝入ってしまったハルカを抱き上げてベッドまで運んだあと、メルヴィンはアンリの部屋へと急いだ。もはや就寝時間を過ぎていたが、幸いにもアンリはまだ起きていた。


「ハルカの専属騎士になることを許可して欲しい」


事の経緯を語った後に願い出たメルヴィンに、アンリは即答しなかった。やはりショックなのだろうとメルヴィンは無言でアンリの返答を待つ。


ハルカが恋愛的な意味で運命の相手を求めていないにせよ、本来の相手である自分以外を望んだのは辛いことだろう。

詳細を告げないことも考えたが、変に隠し事をすれば思わぬところで足を掬われかねない。


「ハルカの安全が最優先だから、メルヴィンが適任だということは分かっている。でも、母上はきっとそれを理由にメルヴィンを陥れようとするだろう。……私が不甲斐ないせいで負担ばかり掛けて済まない」


「アンリだから出来ることもあるだろう。だが気遣ってくれたのは嬉しいし……何だか急に大人になったみたいだな」


肩を叩くとアンリは照れたようなほっとしたような表情を浮かべるが、気づかない振りをする。


本能的に惹かれてしまう運命の相手は本来ならば互いに強い絆で結ばれている唯一の存在であるはずなのに、片方がそうでなければ祝福というよりもはや呪いに等しい。

それゆえに頭ではそれが正しいと分かっていても、色々と複雑な感情を抱いてしまうのだろう。


(だけど聞いてしまったからな……)


やるせなさを滲ませて、それでも仕方ないと寂しそうに力なく笑みを浮かべるハルカの姿を思い出す。

この国では成人年齢に達しているという発言から、ハルカの世界ではまだ子供と見なされる年齢なのだろう。そんな子供に人生を諦めさせる状況に追いやったのはアンリだけでなく、それを止めることが出来なかった自分たちの責任だとメルヴィンは思っている。


だからメルヴィンは翌日からハルカとの関わり方を変えた。


「そろそろ大丈夫そうだな。街で食事をするか」

「……今日はいいです」

「流石に丸一日食べないのは駄目だ。胃に優しいメニューがある店に行くから心配しなくていい。ほら、行くぞ」


気が進まない様子のハルカを追い立てるように告げれば、抵抗するのも面倒だと悟ったのか大人しく付いてくる。

明らかに嫌なことでなければ、存外押しに弱いのかもしれない。


「……何で急に世話を焼きたがるようになったんですか?」


外に出ていつもの調子を取り戻したのか、じっとりと警戒の眼差しのハルカからそんな質問をされた。


「専属の騎士だからな。ああ、敬語は使わなくていいぞ。昨日みたいに話せばいい」


軽く受け流すと昨日のことを揶揄されたと思ったのか更に睨まれたが、それでいい。感情を溜め込み過ぎるのは良くないし、彼女に必要なのは嘘や遠慮のない対等な人間関係だ。


「はい、おまちどおさま。特製スープと鶏肉のスパイス焼き、じゃがいものグラタン、緑のキッシュ、以上だね?」


テキパキとテーブルの上に置かれた料理に、ハルカの注意が逸れた。

小さいとはいえ鍋ごと提供されたスープ、豪快に焼かれた鶏肉やグラタンはオーブンから取り出されたばかりでじゅうじゅうと美味しそうな音を立てている。色鮮やかなキッシュは素朴な味わいで栄養たっぷりだ。


「食べられそうなものを好きに取っていいぞ。ただそのスープは二日酔いに効くから飲んでおけ」


無言で料理を見つめるハルカをよそにメルヴィンは自分の皿に料理を取り分けていく。全ての料理を皿に載せて食べ始めると、ハルカもようやく手を伸ばした。

一朝一夕に信用など出来るはずがないのだから、食べてくれるだけで上出来だろう。


スープを飲み僅かに目元を緩ませるハルカを見て、メルヴィンは小さく浮かべた笑みを見られないように、料理を口に運んだ。

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