第7話 余計なこと

「またお一人で支度をされたのですか?そうやってまた私どもが仕事をしていないと騒ぎ立てるおつもりなのですね」


憤慨したような口振りだが、既に朝食を運んできている辺り、手伝う気がなかったのは明らかだ。反論すれば手伝いという名目で嫌がらせを受ける可能性があるため、陽香は無言で受け流した。


「メルヴィン様に何をおっしゃったのか存じませんが、食事は残さず召し上がってくださいね。私たちが責任を問われますので」


余計なことを、と思いつつ陽香は別のことを口にした。


「仕事をしない侍女はいらないと言ったのに、どうしてまだいるの?」


陽香の伝言を無視した侍女、ミリアンは勝ち誇ったような表情を見せる。


「殿下の運命のお相手であっても、貴女様にそんな権限はございませんので。それよりも早く召し上がっていただけますか?他にも仕事がありますから」


陽香が何も言わないことをいいことに、控室でもう一人の侍女とお喋りばかりしていたのだから、他の仕事などないはずだ。それにいくら忙しくても世話をする立場の侍女が食事を急かすなどあり得ない。


(何か入ってるな……)


嫌がらせの範疇であれば味付けを変えるか異物を混ぜるのが精々だろうが、誰かに唆されて毒を入れた可能性もゼロではない。

テーブルごとひっくり返すか、毒見と称して相手に食べさせるか考えていると、ノックの音がしてアンリが入ってきた。


「間に合って良かった。一緒に食事を摂ろうと思ってね」


にこやかに告げるアンリの言葉通りに、使用人たちが無駄のない動きで素早くテーブルの上を整えていく。それとなくミリアンの様子を窺うと、青ざめた表情で視線を彷徨わせていた。


(詰めが甘いというか、お粗末すぎる……)


何か良くないことをしていると自分から告げているようなものだ。どうすべきかと考えていたため気づくのが遅れてしまったが、何故かテーブルの上には三人分の食事が用意されているではないか。


「ハルカ」


アンリに促されて着いた席は、本来の陽香の席ではない。長方形のテーブルの短辺部分、いわゆるお誕生日席に陽香の食事は用意されていたのだが、その右側に椅子を引かれたのでとりあえず大人しく座ってみた。対面にはアンリ、そして陽香が座るはずだった席にはメルヴィンが着いた。


(仮にいつも二人が一緒に食事を摂っていたとしても、人の部屋に押しかけてまで一緒に食事を摂るのはおかしい)


となれば、きっとこれは陽香の警戒に対する対策なのだろう。王太子であるアンリに怪しい物を口にさせるわけにはいかず、メルヴィンが毒見の役割を担うらしい。

だけどこれも余計なことだと陽香は苛立ちを押し殺す。


「お、恐れ入ります。ハルカ様にご用意したお食事が冷めてしまったようなので、お取替えいたします」

「別に俺は構わない。殿下とハルカ様をお待たせするわけにもいかないからな」


必死で考えただろうミリアンの言葉をメルヴィンはばっさりと切り捨てる。新しい物を準備していればアンリとハルカの食事が冷めてしまうのだから当然だろう。


「では温かいうちに頂こうか。ハルカ、城の料理人たちが作る料理も少しでいいから食べてみて欲しいな」


(失敗した……)


ここまで言われて食べないのは我儘になる。周囲からどう思われようと知った事ではないが、陽香の中での判断としては要求を通すために振舞うことと我儘は別物であり、理由もなく食べ物を粗末にすることもよろしくない。


アンリが最初に口を付けたスープを一口飲むと、魚介の風味が効いていてとても美味しい。

向かいにいるアンリの慈しむような眼差しから目を逸らし、メルヴィンを見ると無表情で全ての料理を口にしているようだった。

平然としているようだがどこか不機嫌さを漂わせているし、ミリアンは真っ青になって今にも倒れそうだ。


「……すみませんが、先に失礼いたします」


まだ残っている料理をトレイごと片手で持ちあげると、メルヴィンはミリアンに何か囁いて一緒に部屋から出て行った。


嫌がらせに関してはミリアンの独断ではないだろう。誰が加担したのか、どんな処分が下るのかは陽香には関係のないことだが、街に出る理由がなくなったのは都合が悪い。


メルヴィンの真似をするわけではないが、一通り料理に口を付けてみたがどれもおかしな味はせず素直に美味しいと思えた。

それでもやはり懸念を完全に拭えないせいか、街で食べた物のほうが美味しく感じる。


「ハルカはどんな食べ物が好きかな?」

「……オムライスですね」


真面目に答えて、何を言っているんだろうと自嘲する。

こちらの世界に来て米を見ることはなかったし、あったとしてもそれは陽香が好きなオムライスはもう一生食べることが出来ない。


「オムライス?それはどういう料理なんだい?」

「庶民の料理で殿下が興味を持たれるようなものではありませんよ。それより慰謝料の件はいかがでしょうか?」


そう言った途端に目を輝かせていたアンリの表情が曇る。


「金銭的な慰謝料については私の個人資産から払える範囲のものだから問題ないよ。だけど、不干渉と国外への移住については……安全が保障できない。こちらの都合だと言われればその通りだが、考え直してはもらえないだろうか?」

「安全については殿下が私への、いえ運命の相手への執着を手放し干渉しないことで成り立つものだと考えています」


悲しそうな表情でアンリは首を横に振った。初対面では頭がお花畑の王子かと思っていたが、話が通じない相手ではないと思っている。

庶民でしかない陽香よりもアンリは多くの知識や情報を持っているのだろう。


「私の所為ではあるが、運命の相手を召喚することは国として認められたものだ。ハルカがこの国を離れることはトルドベール王国への反逆と見なされるだろう」


アンリは口にしないが、反逆罪には死罪が適用されるのだ。実に迷惑な話である。


「それなら慰謝料だけ先にお支払いをお願いします。今日も街に行きたいのですが、戻って来るなら構いませんよね?」


沈鬱な表情を浮かべるアンリに、陽香は淡々と告げて食事を再開したのだった。

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