第8話 不可解な行動
メルヴィンは非常に不機嫌だった。
予想していたことではあったが彼女たちの行いは非常に短絡的で、またその主張も反省よりも自分の行為を正当化するものばかりでうんざりしてしまう。
ハルカに用意された食事は、塩辛いスープ、日が経って固くなったパン、萎れた野菜など明らかに質の劣る内容だった。
侍女だけでなく厨房関係者全員に聞き取りを行い、実際に関わったものやそれを知りながら口を噤んでいた者などを合わせるとかなりの数になる。
嫌がらせの範疇とはいえ、王子の運命は本来であれば婚約者に該当する。そのような相手に嫌がらせをしてどうして許されると思うのか。
そして厄介なのはそれだけではなかった。
「この度は私の監督不行き届きで申し訳ございません」
言い訳もなく深々と頭を下げて己の不手際を詫びるのは、侍女頭のレネだ。長年王家に仕える彼女はアンリの専属侍女でもあり、その信頼は厚い。
だからこそ下手な扱いはできないものの、侍女たちの教育係である彼女の人選ミスは意図的なものではないかと疑ってしまう。
(アンリへの暴言を誰よりも許せなかったのは彼女だろう)
幼少の頃からアンリの成長を見守り、陰ながら支えてきた彼女だからこそ運命の相手がアンリを拒絶したことはどれだけ腹に据えかねることだったか想像に難くない。
だが彼女が関与した証拠はなく、アンリへの忠義は本物だということをメルヴィンは身をもって知っている。
「今後は気を付けるように」
これ以上追求しても彼女から得られるものは何もない。メルヴィンに言えるのはそれだけだった。
「隊長」
書類仕事を片付けていると、ぐったりした表情のジェレミーが入ってきた。アッシュとともにハルカの護衛として外出していたはずだが、あまり良い話ではなさそうだ。
「どうした?男前が台無しだぞ」
軽口を叩いて水を向ければジェレミーは街での出来事を語ったのだった。
ジェレミーは王子の運命に対して特別な感情を抱いていなかった。珍しい色の容姿以外は普通の少女にしか見えなかったし、それゆえに王太子を殴ったという噂も誇張されたものだと考えていたのだ。
一緒に警護に当たったアッシュは昨日の外出にも同行していたらしく、彼女のマナーについて文句を言っていたが、それはアッシュが貴族出身だからだろう。平民であれば立ち食いぐらい目くじらを立てることではない。
だからジェレミーはすっかり油断してしまったのだ。
通りから店内の様子を見ながらも、ハルカは足を止めることなく進んでいく。昨日は屋台で食事をしたそうだが、今日は別の目的があるのかもしれない。
足を止めたのはとある店の前で店内の様子は外から伺えないものの、入口の扉や窓際に飾られた小物などから高級な品を扱う店だと察した。
「っ……ハルカ様、こちらに御用があるのであれば日を改めていただきたいのですが」
「明日も外出許可が下りる保証なんてどこにあるの?外で待っていればいいでしょ」
そう言ってさっさと店内に向かうハルカをジェレミーが追いかけたのは護衛として当然のことだったのだが、何故アッシュが止めようとしていたのか理解した途端、自分の行動を後悔する羽目になった。
店内に足を踏み入れるとすぐに小さなどよめきと幾つもの視線に晒されたが、その理由が分からない。
「こういうとこまで付いてくるの?ちょっと引くんだけど」
「護衛ですので、申し訳ございません」
謝罪しつつもこういうことが何処を指すのか分からず、ジェレミーは店内を見渡してしまったのだ。
飾られている衣類は女性用のドレスにしてはどれも薄着であったし、店内にいる女性は非難がましい目つきを浮かべるか、視線を避けるように扇子で顔を覆っている。
さらに奥にある商品を見た瞬間、ジェレミーは顔が真っ赤になるのを感じた。ここは女性用の下着専門店だったのだ。
「お客様、こちらは初めてでございますか?」
「ええ。融通の利かない護衛でごめんなさい。商品を見たいんだけど迷惑かしら?」
「よろしければ個室にご案内いたしますので、そちらにお持ちさせていただければと思いますが、いかがでしょうか?」
店員とハルカの会話を聞きながらもジェレミーは必死で視線を地面に落とす。ハルカが商品を選ぶ中、ジェレミーは個室の外に立ったまま早く店から出て行くことばかり考えていたのだった。
「あんなに恥ずかしい思いをしたことはありません……」
よほどショックだったのか涙目で訴えるジェレミーを慰めつつ、メルヴィンはハルカの不可解な行動について考えていた。
ハルカが城に到着する前に身の回りの品を一通り用意していた。その中にはドレスはもちろん下着など生活に必要なものは含まれている。
わざわざ別に購入する必要はないはずだ。
「ハルカ様が何を購入されたか分かるか?」
「隊長、そんなこと聞けると本気で思っているんですか?」
「……悪かった」
それ以外に購入したものを訊ねれば、ほとんど食料品だったが大半で一つだけ気になる物はあったので頭の片隅に留めておく。
(少し注視しておいたほうがいいかもしれないな)
そんなメルヴィンの予想が正しかったことが証明されるのはその翌日の晩のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます