神々の黄昏

第140話

 





 神殿の広間にロキとミーミルが辿り着くと、普段は姿を見せないはずの複数の神々が騒然と走り回っていた。

 広間の正面には、神殿の玄関口である白い大階段と向かい合うように両開きの巨大な扉が設けられているが、その扉が今、見たこともないような巨大なかんぬきで施錠され、さらにはその前に次々に神殿の調度品が積み重ねられていく。


「なんだ? なにやってるんだあれ? バリケード?」


 ロキが呟いたのと同時に、脇の扉が開かれ神殿の奥からオーディンが現れた。苛立たしげに衣を翻すオーディンの傍にはトールが付き添っている。


「なんだ、なんの騒ぎだ!」


 オーディンが訪ねようとも、神々は手を止めぬまま。しかしそのうちの一人が、怯えたように声を張り上げた。


「でかい、とんでもなくでかい狼だ! 白い狼が階段を登ってきてる! 狼も階段も真っ白だから、近づくまで気が付かなかったんだ!」


 ロキは息を飲んだ。


「白い……狼……まさか……」

「フェンリルか」


 オーディンがその名を口にしたのを聞いて、ロキは戦慄した。


「グングニルを持て」


 誰にでもなくオーディンが言いつけると、どこからか三名がかりで持つほどの巨大な槍が運ばれてきた。オーディンはそれを片手で握ると石突を床に打ちつけた。

 それとほぼ同時に、神殿の扉が激しく揺れる。何かを打ち付けるような音が数度なり続け、必死に組まれたバリケードがボロボロと崩れ落ちていく。衝撃音が走るたびにかけられた閂はメキメキと音を立てた。向こう側から巨大な生物が体を打ちつけているようだ。


「フェン……?」


 ロキは身動きの取れないまま、ただ茫然とその状況を眺めていた。

 フェンは確かに狼にしては大きいが、それにしても神々の怯えようは異常だ。それに今扉に打ち付けられている音は、ロキの知るフェンのものとは思えないほどの重みがある。

 木の裂ける音が鳴り、扉が巨大な前足に突き破られた。そこにいた数名が踏み潰され、または吹き飛ばされて壁に衝突して呻き声を上げている。

 腹の奥を激しく揺さぶる、低く唸る獣の声だ。前足を引っ込めたかと思ったら、今度は穴を広げようと言うのか口元を潜り込ませ、鋭い犬歯で扉を噛み砕いている。

 見たこともない巨大な前足、牙、激しく興奮した唸り声。ロキは恐怖で後ずさった。

 しかし次の瞬間、穴から微かにのぞいた薄いブルーの瞳に、ロキは声を震わせた。


「フェン‼︎」


 ロキの呼ぶ声が呪文になったかのように、蝶番が弾け飛び、二枚の扉が神殿内に倒れ込んだ。

 姿を表した巨大な白狼に、必死に扉を抑えていた者たちは散り散りに逃げ惑っていった。








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