第139話

「それでオーディンは同じオメガの俺のことを、あんな風に扱うのか」

「そうだろうね」


ーーぇ~ぅ~……ぁ~…


 再び冥界の風の音が地下牢に響いた。


「ねえ、ミーミル、ずっと聞きたかったことがあるんだけど」


 ロキがそう切り出すと、ミーミルは沈黙したまま表情だけをやわらげた。


「白い狼……フェンリルの居場所をあんたは知っていたのか?」


 ミーミルは答えず、微かに目を細めた。ロキは言葉を続ける。


「あいつの飼い主を殺して首輪を解いたのはあんただよな? それで、道中何度も、俺とフェンを助けた。俺だけじゃなくて、フェンリルのことも死なせないようにしているみたいだった」


 何も答えないミーミルの様子をロキは肯定と捉えた。やはり彼はロキとフェン両方に干渉していたのだ。


「でも、わからないんだ。オメガに器を作らせるよりも、もう存在している器……フェンリルを連れてくる方が効率がいいって理由なら納得がいく……けど……」


 一度唾を飲み込み、ロキは考えを整理しながら次の言葉を紡いだ。


「オーディンもトールや他の神殿の神も、フェンリルの存在に気づいてない。それは、あんたが伝えてないってことだ」


 仮にオーディンが狼であるフェンリルの器を拒否したとしても、他の神はロキをここに連れてこようとしたように、フェンリルにも同じ事をするはずだ。でも、それをさせないように、ミーミルはフェンの命を救いつつも、オーディンや他の神々の手には渡らないようにしていた。


「どうして?」


 ロキがそう問いかけると、ミーミルはようやくクスリと笑みをこぼした。


「フェンリルは器になってもらっては困る。彼には別の役目があるから」

「……別の……役目?」


 ミーミルの意図が分からず、ロキは眉を寄せた。


「そう、別の役目」

「な、なんだよ……その、別の役目って」

「それから、ロキ。オーディンの器は必要ない」

「……は?」


 ミーミルはロキの問いを無視して話を続けた。先ほどまで穏やかだと思っていた微笑に、一気に怪しげな色が浮かんで見える。


「必要ないって……は? な、なんで? だって、オーディンの新しい器を作らないと、黄昏は……」


 そこまで言ったロキの前に、ミーミルが唐突にピタリと手をかざした。ロキはその仕草に驚き、思わず言葉を止める。


「来たよ」


 ミーミルが言った。

 その口角は興奮を隠しきれないかのように、ピクピクと震えながら持ち上がっていく。牢獄の薄闇の中でミーミルの双眸が怪しい光を放っていた。


「な、なにがっ……?」


 ロキが戸惑い疑問を口にしたその直後、神殿に続く階段の上部から忙しない足音と、神々の騒めきが聞こえた。








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