第136話












 額に触れた冷ややかな手の心地よさにロキはうっすらと目を開けた。

 窓から入り込む風に僅かに金の髪を揺らし、ベッドの脇に腰掛けながらこちらを見下ろすのは預言者ミーミルだった。


「気分は良くなったかい?」


 穏やかな声音でミーミルが言う。ロキは腕を頭の上に持ち上げ伸びをすると、体を起き上がらせた。


「吐いて、あんたのくれた薬を飲んだらかなり楽になった」


 ロキがそう応えると、ミーミルは目を細めて微笑んだ。


「オーディンを怒鳴りつけたらしいじゃないか、神殿中その話題で持ちきりだったよ」


 ミーミルはたおやかな動きでサイドテーブルの上の水差しから水を注ぐと、ロキに手渡した。


「怒鳴りつけたってほどじゃないけど、そ、そんなに噂になってんの? もしかして、やばいかな?」


 ロキはグラスに口をつけながら言った。

 考えてみれば最高神に物言うなど、かなり大それた事をしてしまったのかもしれないと、今更不安になってしまう。


「まあね。でも、そんなに気にすることはないよ。神殿の神々は退屈しているから、少し何か起こればすぐ騒ぎ立てるんだ」

「そ、そっか……」


 ミーミルの落ち着いた物言いに、ロキはほっと胸を撫で下ろす。

 ミーミルは穏やかに儚げに笑う男だ。なぜか彼が紡ぐ言葉に安心感を覚えたり信頼を寄せたりしてしまうのは、彼が崇高な預言者だからなのだろうか。


「ねぇ、ミーミル……その、あんたの首さ、オーディンが繋げたって言ってただろ?」


 ロキはグラスに落とした視線を、僅かにミーミルの首元に向けた。この不自然につなぎ合わされた痛々しい傷口を見慣れることはないだろう。


「うん、そうだよ」

「それってさ、オーディンは首を繋ぎあわせてまで、あんたを失いたくなかったってこと? オーディンとあんたは、そのぉ、仲がいい?」


 ミーミルはロキの言葉を聞いて、口に手を添えてクスクスと笑いをこぼした。


「仲がいいというのは違うかもしれない。でも、オーディンは僕に絶対的な信頼を寄せている」

「信頼? それは、あんたの予言に?」


 ミーミルは頷いた。


「ロキ、体調がよくなったなら、少し歩かないかい?」





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