第137話

 ミーミルに誘われるままに、ロキは神殿内を並んで歩いた。

 別棟だけでなく本殿の中庭や回廊、ロキが今まで訪れたことのない場所まで足を伸ばすが、やはり神々は姿を消しているのか誰一人として気配を感じはしなかった。

 時々すれ違う使用人たちは、人間やドワーフやエルフなのだそうだ。どういう経緯でここにいるのかまでは聞くことはできなかったが、以前オーディンのスープを作った時に厨房にいたのもドワーフのコックたちだった。


「君は黄昏が引き起こされるきっかけと言われている出来事を知っている?」


 静かな足取りで進みながら、ミーミルは隣を歩くロキに問いかけた。

 庭の見える外廊下は穏やかな風が吹き、柔らかい日差しが足元に円柱の影を落としている。


「バルドルが冥界に堕ちたんだよな? だから、中層から光が失われ始めている……それで、そのバルドルを落としたのが、前のオメガ……」


 ロキが応えるとミーミルは頷いた。


「僕は、ロキ……あぁ、前のロキがバルドルを堕とした瞬間を見てしまった」

「えっ、そ、それって……あんたがその出来事を予見していたからか⁈」


 ミーミルは首を振る。


「預言者は夢をみるが、それは時に鮮明で時に曖昧だ。バルドルが冥界に堕とされたとき、僕はすでに黄昏の予言をしていたが、それがなにをもって引き起こされるかまでは明確になっていなかった」

「だから、防げなかった……?」


 ロキが言うと、ミーミルは金色のまつ毛を伏せて僅かに頷いた。


「前のロキは一体どうしてバルドルを堕としたんだ? 仲が悪かったのか?」


 その質問に、ミーミルは少しの間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。


「自分の欲望のため……かな」


 そう言うと、ミーミルは折れ曲がった廊下の先を指差した。それは神殿の内側に薄暗く伸びていて、先の方に地下へと降りる階段が見えた。

 ミーミルに続いて、ロキもその廊下を進んでいく。


「オメガは器をつくる存在だけど、神ではない。それでも神に近い存在として不老の体やあらゆる権限を与えられる」


 たしかオーディンがそのような事を言っていたなとロキは思い出した。


「前のロキは狡猾な男だった。オーディンを誑かし、オメガとして与えられる物だけではなく、ありとあらゆるものを手に入れようとしていたんだ。オーディンはオメガの匂いにすっかりやられてしまっていたから、分別がつかない状況だった」


 地下へと降りる階段に辿り着いた。

 勾配が激しく、数段降りたあたりからすぐに先が見えなくなる。しかし、ミーミルがゆっくりと手を上げると、壁に等間隔に取り付けられた松明に転々と火が灯っていく。

 また促され、ロキはゆっくりとその地下への階段を降りて行った。


「ロキは最高神オーディンの寵愛を受けていた。だから僕を初め、その他の神々はただその光景を見ていることしかできなかったんだ。しかし、バルドルは違った。オーディンの目を覚まさせようと、再三苦言を呈していた。もしかしたら、バルドルはロキのその傍若無人な振る舞いが、黄昏のきっかけになると思っていたのかもしれないね」

「じゃあ、バルドルの予想は当たっていたけど、結果として彼の取った行動は裏目に出てしまった……と……?」


 バルドルが前のロキの行いを改めようとして、逆に冥界に堕とされてしまった?


「そうだね」


 ミーミルは物憂げに頷いた後、階段を下り切ったところで足を止めた。







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