第133話

 ちょうど中木の影になった位置から、レイヤがロキに手招きをした。

 何か内密に見せたいものでもあるのだろうか。ロキは首を傾げながら、レイヤの元に歩み寄った。


「ロキ、ここよ、んーっと、この穴がいいわ」


 そう言って、レイヤは城壁に施された一つの穴を指差した。通り抜けることはできないが、覗き込むことくらいはできる。

 この神殿は切り立った崖の上に建てられているが、周囲をぐるりと緑地帯に囲まれている。つまり、城壁の外はすぐに崖というわけではない。


「この穴が……なに?」


 ロキが言うと、レイヤはその幼い顔に悪戯な笑みを浮かべた。


「ねえ、もういる?」


 壁に手をつき背伸びをしながら、レイヤが穴に向かって声をかけた。


「おお、いるぞ」


 掠れるほどに声を抑えて答えたのはフレイだ。


「バゥフゥンッ!」


 直後聞こえた鳴き声に、ロキは目を見開き壁に飛びついた。


「こら、大きな声でなくんじゃない!……いいか? お前はロバ、ロバだぞ? いいな?」

「フゥン……」


 壁越しにフレイとフェンの声が聞こえる。ロキは必死に穴を覗き込んだ。

 しかし、穴の外と中は高低差があるのか、声がするだけで、四つ足のフェンと小柄なフレイの姿は見えない。


「フェン? フェン……いるのか?」

「ハフゥンッ!」

「おお、ロキ!」

「フレイも……会いに来てくれたの?」


 ロキが確かめるようにレイヤを振り返ると、レイヤは笑顔のまま頷いた。


「すまんな、ぼ、私が連れてくる場合、人より動物の方が違和感がないのだよ。だから、フェンはこの姿のままだ。ちなみに、鞍を背負ってロバの変装をしているぞ?」


 戯けるようにフレイが言った。


「なんだよ、ロバの変装って」


 ロキは笑いをこぼしながら、再び穴を覗き込んだ。 

 あんなに沈んでいた気持ちが、驚くほどの勢いで浮上していく。じわりと胸元が熱くなった。

 向こう側で、フェンの肉球が必死に地面や壁を踏み締める気配がある。壁に前足を置いたのか、黒い鼻先が穴の向こうに覗いた。

 熱くなった胸元が、今度は一気に跳ね上がる。そこにいる。確かに、フェンがそこにいるのだ。


「見えた! 見えたぞフェンッ! でも、ロバの変装はわかんないな……」


 ロキは笑いながら、今度は穴に手を差し入れた。分厚い城壁に肩まで腕を入れ込んでいく。


「フェン、頭出してみろよ。耳の後ろ、撫でてやるよ。ふふっ……ここ撫でられるの好きだろ?」


 伸ばした手にフェンが必死に頭を擦り付けている。後ろ足で突っ張って立ち上がり、ブンブン尻尾を振る様がロキの頭に浮かんだ。

 三角の耳を手で包む。コリコリと揉んで、耳の後ろを撫でると「フンフンッ」と嬉しそうな息遣いが聞こえた。

 その感触や、瞼の裏に浮かぶ仕草すらも、愛おしくて仕方なかった。もっとしっかり触れたい、出来ることなら抱き合いたかった。


「なぁ、こんどはお尻だして、いや、違うな、尻尾を……あ、そうそう……うわっ、もっふもふ! あれ? まって……この辺にあった毛玉どうした? フレイにとってもらったのか?」

「ハフゥンッ」

「そっか、良かったな。落ち着いたら取ってやろうと思ってたんだけど、結局ずっと落ち着かなかったしな」


 壁に向かってお尻を突き上げるフェンを想像しながら、ロキはまた笑いをこぼした。

 落ち着きない尻尾はプンプン揺れながらロキの手のひらと戯れている。ロキは握ったり毛を指に絡めたりしながらその感触を確かめた。







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