第132話














 明るい月の出る夜だった。

 ロキはベッドに横たわり天井を見上げていた。ただ白いだけのつまらない天井をランプからこぼれた灯がぼんやりと照らしている。

 何も考える気が起きない。全てを投げ出してしまいたかった。いっそ呼吸をすることさえやめて仕舞えば、この虚無感から逃れることができるだろうか。

 薄く開いた唇から小さく漏れた息を、今まさに止めてしまおうかなどと考えていると、部屋の戸がコツコツと乾いた音を鳴らした。

 答えないまま体を起こすと、躊躇いがちに開いた扉からトールが顔を覗かせた。


「起きているか」


 ロキはその問いに言葉なく頷いた。


「お前に客が来ている」

「……客? こんな時間に?」


 虫も鳴かない静かな夜。ふと見やった窓の外では草木を生やした神殿の庭が、より一層の沈黙を落としていた。


「ああ、テラスで待っている」

「わかった、行くよ」


 そう答えると、ロキはローブを羽織ってベッドから立ち上がり、僅かにふらついた体をトールにささえられながら、客の待つというテラスへと向かった。


「ロキ!」


 テラスに用意された腰掛けから、小さな体が立ち上がった。その姿を見た途端、張り詰めていたロキの心が綻んでいく。


「レイヤ!」


 それほど長い間ではないはずなのに、懐かしささえ感じ、ロキは転びそうになりながらも必死に名を呼び駆け寄った。


「少し痩せたんじゃない? それにこの腕の傷どうしたのよ」


 レイヤはロキの頬に手を伸ばし、顔を上げると、労しげな表情を浮かべた。


「ちょっと食事が合わなくてね。でも、慣れたよ。腕はスープを溢しちゃったんだけど、もうほとんど治ってる」


 ロキはそう言って、精一杯の笑顔を作った。

 レイヤは傍でこちらをみているトールに意味深な視線を向けてから、ロキの手を握った。


「少し、庭を散歩しましょう? 今夜は月が綺麗よ」


 いいわよね?と確認するように、またレイヤはトールに目配せをする。

 雷神はどうやら豊穣の女神に頭が上がらない様子だ。ロキの傷を指摘され気まずげな表情を見せたトールは、レイヤの問いかけに頷いた。

 レイヤに手を引かれながら、ロキは夜の神殿の中庭を歩いた。少し冷たい風が首筋を撫でたが、もう何日も部屋に閉じこもっていたロキにとっては心地が良かった。

 煌めく溜池の水面に目を落とし、月の出る夜はこんなに明るいのかとロキは驚いた。


「ロキ、こっちよ」


 レイヤはロキを連れて行きたい場所があるようだ。気づけば庭の隅、城壁の前までたどり着いていた。

 白壁には、物見のためかそれとも装飾の意図なのか、ところどころ腕が通るほどの穴が等間隔に空いている。









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