白狼の遠吠え

第123話













 食卓に現れたロキに対して、オーディンは実にわかりやすくその表情を歪めた。

 広間には長テーブルの短辺にただ一人座るオーディンと、給仕係らしき女性が二人(おそらくエルフだ、耳の先が尖っていて背がスラリと高い)、そして、ロキをここに連れてきたトールがいる。

 だだっ広いこの空間にたった五人、そのうちロキとオーディン以外の三人は存在を消すかのように黙って壁際に立っている。

 ロキは恐る恐る、オーディンから少し距離を空けた位置にある椅子を引いて腰を下ろした。

 程なくして、トールが指示を出したのかロキの前にもカトラリーやナプキンが並べられ、置かれたグラスに葡萄酒が注がれた。


「昨夜は姿を見せないと思ったら、やり方を変えたのか」


 オーディンはフンと鼻を鳴らすように笑うと、ナイフとフォークを皿に投げ置き、食卓に肘をついた。

 まだ明るい時間だ。高い位置にある明かり取りの窓から、光の筋がテーブルに向かって伸びている。ロキはグラスを握り飲み慣れない葡萄酒に口をつけた。


「おい、チビ。なんのつもりだ。お前の匂いがきつくて料理が不味くなる。さっさと消えろ」


 わざとらしく奥歯で肉を咀嚼しながらオーディンが言った。


「今日から一緒に食事をとることにしたから」

「あ?」


 オーディンは眉を寄せ、唇の端を持ち上げた。

 ロキの前に、オーディンに出されているものと同じ食事が並べられていく。

 温かいスープに、分厚いステーキ、添え物の野菜も色鮮やかだ。


「これ、牛肉だよな、すげぇ豪華」


 ロキはナイフで肉を突きながら、そう言った。残念ながら体調が芳しくなく思い切りかぶりつく気にはなれないが、牛を食べたいといっていたフェンのことが脳裏に浮かび、思わず小さな笑みを作った。

 

「誰の指示だ」


 オーディンは鼻先に皺を寄せた。黄昏を望まない他の誰かの指示だと思ったようだ。

 ロキは皿の端の豆を突きながら首を振った。


「指示なんてない。俺が自分からトールに頼んだ」

「あ?」

「あんたともっと話そうと思って。確かに、急によく知らないヤツと交われなんて、酷な話だよな。俺だって嫌だし」

「なに」

「だから、もっとお互い知り合えばいいと思って。相手との関係を築くには寝食を共にするのが一番いいってじいちゃんがいってた」


 ロキの言葉をオーディンが鼻で笑った。


「寝る方は……なんか、どうしても変な感じになっちゃうけど、食事は普通にできるだろ?」


 ロキはそう言いながら、豆を一粒口に運んで、オーディンの方へと顔を向けた。

 オーディンは苛立ちを表すかのように、頬杖をつき、もう一方の手の指をカツカツとテーブルに打ちつけている。


「目障りなヤツだ」

「俺のことが気になって仕方ないってこと?」

「あ?」

「おっとっ」


 ロキは戯けるように肩をすくめ、自分の皿に向き直った。牛肉のステーキの端の方を切り分けてみるが、鼻の近くまで寄せてからやはり、体調のせいで食う気に慣れずにフォークを置く。








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