第124話

 オーディンは、舌打ちをするとロキを視界から排除するかのように座り直し、スープを掬って口に運んだ。


「それ、うまい? スープ」


 ロキの問いを無視して、オーディンはもう一口スープを口に運んでいる。


「それ、俺が作ったんだ。さっき厨房で手伝いしてさ」


 ロキがそう言った途端、オーディンはピタリと動きを止めて顔を上げた。

 不快そうに息を吐くと、テーブルにスプーンを投げ置き、スープの入った皿を手の甲で押して遠ざけた。


「なんだよ、美味くできたのに」


 言いながら、ロキはスプーンを湯気の立つスープに落とした。野菜をミルクで煮込んで味付けたものだ。これであればロキも食べる気になれた。


「小賢しいな」


 苦々しくオーディンが呟く。


「そんなに最高神の器を創って、神族としての地位を手に入れたいか? それとも、不老の体が目的か?」

「違うよ。器創ったら神になれるの? そんなの知らなかったし。不老の体ってのも、うーん、なんかピンと来ない」


 ロキは首を傾げ、肩を持ち上げた。


「俺は単純に器を創って、あんたに黄昏を止めて欲しいだけ、終わってもらっちゃ困るんだよ」

「お前を育てた男はもうここにはいないのにか? 黄昏が来る方がはやくそいつの元に行けるかもしれないぞ?」


 そう言ってオーディンは意地の悪い笑みを浮かべた。

 ロキはそれを意に介さず、淡々とした調子で答える。


「じいちゃん以外に、約束した奴がいるんだ。全部終わったら一緒に暮らそうって」

「そいつのために、黄昏を止めたいと?」

「そうだけど? 世界を救いたいとか、神になりたいとか、そんな大それた大義名分は俺にはないよ。ただ好きなヤツと、穏やかに過ごせるようにしたいだけ」

「くだらない」

「最高神様にはくだらなくても、俺にとっては大事なことだ」


 オーディンは乱暴に葡萄酒の入ったグラスを傾けると、勢いよく飲み干した。すかさず給仕の女性が歩み寄り、中身を継ぎ足している。


「くだらん、くだらん! あー、くだらない! 好きなヤツ、だ? バカバカしい。どうせお前は卑しいオメガの身だろ? 誰彼構わず発情して匂いを振り撒いて、獣のように求めるんだ」

「オメガだからと目の敵みたいに扱うな」


ーーガシャンッ!


 額にぶつかる衝撃に、ロキは目を瞑った。

 水滴が頬を伝い葡萄の香りが鼻につく。オーディンがグラスをロキに投げつけたのだ。


「目の敵? 違うな、俺は事実を言っているんだ。オメガは匂いで相手を惑わし、陥れる。強いものに取り入って自分の欲しいものを手に入れようとする浅ましい存在だ。しかも、それが手に入らないとわかれば全てを壊して逃げ出すのだ」


 オーディンは苛立ち、テーブルに拳を打ちつけた。その怒りは長い間オーディンのなかで渦巻いているようだ。


「それは……前のオメガ……ロキのことを言ってるのか?」

「あ?」


 オーディンの左眼がギラリとロキを睨みつけた。


「オーディン、俺は前のロキとは違う」

「うるさい」

「地位も不老も望んでない」

「うるさい」

「黄昏を止めてほしいだけだ、あんたのことを陥れたりなんかしない!」

「あーうるさい」

「オーディン、俺はあんたを裏切ったりしない!」


ーーガシャンッ!


「あっつ……!」

「ロキ!」


 オーディンが投げつけた皿からスープが溢れ、ロキの腕に降りかかった。

 慌てたトールが駆け寄り、咄嗟にテーブルのナプキンでロキの腕を拭った。


「大丈夫、大したことない」


 ロキはそう言ったものの、熱いスープがかかったせいで、腕の皮膚が赤くなっている。


「火傷になっている。手当てをした方がいい」


 トールはそう言ってロキの肩を支えた。

 立ち上がったロキは、オーディンに目を向けた。しかし、彼はテーブルに肘を置いてロキの姿から目を背けるようにぐっと口元を結んでいた。

 ロキはもう一言、何か言い募ろうと口を開いたが、気配に気づいたオーディンがわざとらしく手で耳を塞いだ。

 その姿を見て、ロキは深くため息をつき、そのままトールに付き添われ、広間から立ち去った。







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