望まない理由

第116話








「オーディン、これはどういうことだ」


 翌朝、部屋を訪れるなり、トールが眉を寄せてそう言った。

 結局、ロキを縛り上げたまま一人でベッドに入ったオーディンは、トールが起こしにくる今の今まで眠っていたのだ。

 一方のロキは縛り上げられた状態のままで世を明かした。

 鴉にもらった薬のせいで、一晩中ロキの体は昂ったままだ。この場から去ることも、自分で欲を発散することも叶わずに、顔を真っ赤にしたまま虚な目で床を眺めていた。


「どういうことって、縛っておいただけだ」


 オーディンはベッドに横になったままそう言うと、大きな枕を抱えてあくびをした。


「そうじゃない、それは見ればわかる。俺が聞いているのは、何故こんなことをするのかということだ」


 トールは言いながら、止まり木に引っ掛けられていた鉄鎖を外した。床に崩れ落ちそうになったロキの体を支えると、手に巻きついた鎖も解いてくれる。

 トールはオーディンのことを主と言っていたが、口ぶりからして、ある程度対等にものが言える立場のようだ。広間で会ったときは、トールはオーディンに丁寧な言葉遣いをしていたが、あれは表向きの態度なのだろう。

 

「何故? 何故と聞いたか? そんな卑しいガキ、抱くきになれん。盛ってきそうだったから動けなくして口を塞いだ」


 オーディンは自らの髪を指に絡めて弄びながらそう言った。


「オメガがどういう生き物か、お前は知っているだろ? こんな状態で放置するのは不憫だ」


 まるでわがままな子供を諭すようにトールは言う。

 ロキは昂りが治らず、息苦しいほど熱い体を自ら抱きしめてるようにうずくまった。「生き物」と言われたことも「不憫だ」と同情されたことも、今のロキには気にしている余裕すらない。


「なんだトール、そんなに言うならお前が抱いてやればいいだろ」


 オーディンのその言葉に、傍でトールが息を飲んだのがわかる。ロキはそこで初めて、自分の肩を支えるように添えられたトールの手の熱に気がついた。


「忍耐強いつもりだろうが、オメガの匂いに当てられてるな? 顔が真っ赤だぞトール」


 嘲るように笑うオーディンに、トールは言葉を詰まらせた。


「もしくはその辺にほっぽり出しておけ、戦いを控えて荒ぶる神々にはちょうどいい遊び相手だ」

「オーディン」


 嗜めるようにトールが名前を呼んだが、オーディンはうんざりしたように両手で耳を塞いだ。


「さっさと連れてけ」


 主のその言葉に、トールは苦々しい顔でため息をついた。


「……っざけんな……」


 整わない呼吸の間を縫って、ロキは声を絞り出し、トールの腕を掴み支えにするとそのままフラフラと立ち上がった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る