第117話

 オーディンは相変わらず寝転がったまま、侮蔑の視線をロキに向けていた。


「俺は……こんなの、さっさと終わらせたいんだよ……今すぐ器を創って……黄昏を止めて……じいちゃん迎えに行って」


--帰るんだ、あいつのところに!


 そこまで言葉にならないまま、ロキは倒れるようにオーディンに掴みかかった。

 慌ててロキの体を背後から抱え上げたのはトールだ。


「ロキ、やめろ」

「……っなせ!」


 ロキは足をばたつかせて抵抗するが、ただでさえ疲弊している上に、屈強なトールの腕に抑えられてはロキの抵抗など殆ど意味をなしていない。結局はトールの肩に担ぎ上げられてしまった。


「可愛がってやれよ、トール」


 部屋から連れ出される途中に見えたオーディンの小馬鹿にするような表情に苛立ち、ロキはトールの背中に拳を打ちつけた。


「おろせトール!」

「暴れるな」

「なんなんだよ、あいつ! 最高神じゃなくて、ただの性悪じゃねえか!」

「……否定はしない」


 ロキは散々オーディンへの不平不満をトールにぶつけて、抱えられた肩の上でジタバタと暴れ続けた。

 トールはロキの言葉に時折相槌を返し、殆どを無視したままつかつかと廊下を進んでいく。

 運び込まれたのはロキの部屋だ。

 放り投げるかのようにベッドの上に下ろされたので、フレームがギシリと音を鳴らした。


「くそっ、オーディンのやつっ……!」


 まだ、苛立ちが収まらずに毒付いたロキだったが、不意に見上げたトールの様子に驚き、ぐっと息を飲んだ。

 先ほどのオーディンの言葉が頭をよぎる。彼が指摘した通り、トールの表情はオメガの匂いに当てられて興奮を見せていた。

 ロキは殆ど無意識に、欲情する自分の体を隠すように毛布を手繰り寄せた。

 そのロキの腕をトールの大きな手のひらが掴み、ロキは体をびくりと揺らしてこわばらせた。


「辛いなら相手をするが、どうする」


 そう問われて、ロキは小さく開いた唇の間から、わずかな吐息を漏らした。

 トールは普段、どこか淡々として感じるほどに穏やかに感情を押し隠す、理性的な男に見えた。しかし、今の彼は獲物を前にして喰らいつくのを堪える獣のようだ。

 こちらを見下ろす逞しく精悍な顔に、ロキの本能の部分が手を伸ばしかけていた。


「……っ」


 その自分に気がついた瞬間、ロキは自身に対して激しい嫌悪を覚え、ぐっと奥歯を噛み締めた。


「いい、大丈夫」


 ロキは掴まれた腕を引いた。

 トールはまだ手を離さないまま、何か言いたげな様子だ。真っ直ぐに視線を向けられて、ぐらぐらと理性を揺さぶられる。


「いやだ。離してくれ」


 掴まれていない方の手で、ロキは自らの目元を覆った。程なくしてトールの手の力が緩み、やがてロキの上からトールの体温が遠のいた。


「少し休め。外に出るのは匂いがおさまってからにしろよ」


 それだけ言うと、トールはロキを残して足早に部屋を出て行った。

 ロキはベッドにうずくまったまま、自らの手首をさすった。オーディンに縛られたせいで鎖の跡が残り、紫色の痣になっている。ついさっき、その部分を握ったトールの熱がまだ表面に燻っていた。

 ロキは下腹部に手を伸ばす。長い時間興奮したままだったそこが、解放を求めている。前だけではない。後孔も熱を欲してじくじくと下着を濡らしていた。


「最悪だ……誰でもいいのかよ、俺」


 もし、もっと強引に迫られていたら……そこまで思い浮かべて、ロキは考えることをやめた。

 ただ本能のままに自らの下半身を弄り、嬲る。そして達するその瞬間、縋るように白い狼の名前を呼んだ。








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