第104話

 風呂に入って着替えた後、みんなでレイヤの焼いたキッシュとトマトスープを食べた。

 フェンは食事中もずっとロキの服の裾を掴んだままムスッと眉を寄せているから、ロキもついつい意固地になった。

 あまり会話の弾まない食卓は粛々と進み、美味しいキッシュを焼いたレイヤはなんだか寂しそうだった。







「まったく、噛み付くなんてとんでもないやつだ」


 ロキは部屋に戻るなりそう言って、ベッドの上にあぐらをかいた。


「ロキだってぶったじゃないか!」

「あれはお前がしつこいからだろ!」


 第二ラウンドが始まりかけて、ロキは気持ちを抑えるように、大きなため息をついてベッドの上に体を投げ出し、毛布を頭まですっぽりかぶった。


「ロキ! 寝ないでよ!」

「うるさい!」

「ロキー!」


 フェンがロキの上に跨り毛布をぐいぐい引っ張ってくる。ロキも負けじと引っ張り返すと、ミシミシと布が裂けそうな音が鳴った。先に手を離したのはロキで、フェンはそのままバランスを崩してベッドの上に仰向けに転がった。

 ロキがそのフェンに飛びつくと、「ガルル」とフェンの喉がなった。

 しかしその唸り声はすぐに止まる。ロキがフェンの体に縋り付くように腕を回したからだ。フェンは突然態度を変えたロキに少し戸惑いながらも、その背中に手を回した。


「ロキ?」


 ごろんと体を返して、横向きに向かい合う。

 月明かりに照らされた薄いブルーの瞳がロキの顔を覗き込んだ。


「なんで俺を置いて行ったの? 一緒に行こうって言ったでしょ?」


 フェンの問いに、ロキはゆっくりと首を振った。


「一緒には行けない、俺は一人でヴァルハラにいく」


 ロキの答えに、フェンは涙を堪えるように顔を顰めた。


「嫌だ。ロキ、置いていかないで、ロキと一緒にいたい」

「フェン」

「ロキと一緒じゃなきゃ嫌だ、ロキと一緒じゃなきゃ楽しくないっ!」

「フェン、聞け」


 ロキはフェンの頬を両手で包んだ。真っ直ぐにその瞳を見つめると、ブルーの瞳は水滴をはらんで揺れている。


「オーディンの器になれば、お前はお前じゃなくなる」


 フェンがぐっと息を飲んだ気配があった。ロキは言葉を続ける。


「器になるってことは、オーディンにお前の体を取られるってことだ」

「そんなの……嫌だ……」

「だろ? 俺も嫌だ」


 ロキは親指で、フェンの目元を拭った。


「だからフェンは、オーディンのところに行っちゃダメだ」

「ロキも、行かないでよ。一緒にいようよ」


 フェンが頬に置かれたロキの手を握り返した。狼は体温が高い。だからなのか、フェンの手も温かいのだ。


「俺は、じいちゃんを迎えに行く」

「じゃあ、一緒にじいちゃん探して、それで見つけたら一緒に逃げようよ」


 フェンの言葉にロキはまた首を振った。


「フェン、俺が戻ってくるの待っててくれないか?」


 フェンが鼻を啜った。


「どれくらい? じいちゃん見つけたら、すぐ戻ってくる?」


 ロキはまた首を振る。


「フェン、俺が戻ってくるのは、オーディンの器を創ってからだ。黄昏を防ぐことができたら、オーディンは俺にもお前にも用がなくなる」

「それいつ? どのくらい?」

「黄昏がいつくるのかは……俺にはわからない」

「そんなの嫌だ!」


 フェンはロキの背中に腕を回し、体を強く抱き寄せた。ロキの肩に額を埋めて、ぐりぐりと押し付けている。







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