第103話

 ロキはどうにか立ち上がったが、今度フェンは背を向けたロキの下履きのベルトを咥えて引っ張った。


「バカ! アホ犬! 離せってば!」

「クンフゥッ! フンフンッ!」

「ダメだって、フェン!」

「フゥンッ……」


 フェンが切なげに鼻を鳴らすと、ロキはたまらない気持ちになった。息が上がり、堪えていた感情が目元から溢れ出してしまう。鼻を啜りながら、必死でフェンの体を振り解くと、ロキは走り出そうと地面を踏みしめた。


「ワゥッフン!」


 なおも引き下がらないフェンが、ロキの体を押し倒した。うつ伏せに地面に押さえつけられたロキは、じたばたと手足を揺らす。


「離せバカやろっ!」

「フゥンッ……」


 すがるように、フェンがロキの背中に頭を擦り付けている。

 ロキは思いっきり肘を上げて、フェンの体を押した。仰向けに体を返したが、またその上にフェンがのしかかって前足でロキを押さえつける。


「フェン! いい加減にしろっ! イテテ!」

「グゥッフゥ!」


 ロキの肩を噛みながら、フェンは怒ったように唸っている。加減はしているようだが、それでも痛い。ロキは、降参を示すように、フェンの体をタップした。

 それでフェンの力が緩んだ瞬間、ロキはフェンの体を押し除ける。しかし、まだフェンも引き下がらなかった。

 とっくみあった二人の体はごろごろ地面を転げ回ったり、木々にあちこち打ちつけたり。その諍いはなかなか終わりが見えないままだ。どちらも意地を張って引き下がらない。髪や体毛を引っ張りあって、草木をむしり地面の土と共に投げつけあった。

 レイヤはそんな二人を見ながら、なす術なく、ただあわあわと口元を押さえて立ち尽くしていた。





「それで……揃って戻ってきたわけか」


 戻ってきた三人の様子を見てフレイはどこか安心したように息を吐いた。家の前でニーズヘッグに餌をやりながら、フレイは皆の帰りを待っていたようだ。

 ロキの衣服はあちこち破れて髪はボサボサ、フェンの白い毛並みも泥だらけだ。レイヤはなかなか喧嘩をやめない二人を前に、ついに泣き出してしまったため、目元が真っ赤に腫れている。


「も、ぜ、ぜんぜん、やめてくれなくてっ、フェンはずっとフガフガ言ってるし、ロキもバカ犬って、私、こ、怖くって……ふぇぇ……っ」


 また思い出してしまったのか、レイヤが表情を歪めぼろぼろと涙をこぼした。


「おうおう、わかったわかった。とにかく中に入れ。風呂に入って着替えてこい。それから食事にしよう。私は、レイヤの作ったキノコとほうれん草のキッシュが食べたいぞ」


 フレイはそう言って、よしよしとレイヤの頭を撫でている。それはここに来てから始めてみるフレイの兄らしい姿だった。









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