第102話








「あいつさ、たまに犬食いする癖があるから、注意してやって」

「わかったわ」


 レイヤは足元を照らし、木の根がある場所を指差してくれた。ロキはそれを跨ぎながら注意深く森を進む。

 オーディンの神殿、ヴァルハラまではこの森を抜け、その先の街で馬車を借りれば夜が明ける前には着く距離だそうだ。

 日が暮れてからの移動になってしまったのは、ロキがフェンと束の間穏やかに過ごせるようにと、フレイとレイヤが配慮してくれたからだった。


「あとさ、できれば一緒に寝てやってくれない?」

「え?」

「ミッドガルドをでてから、今までずっと寝るとき一緒だったんだ。甘えたがりで、くっついてくる。急に一人は寂しいと思うから、慣れるまではフレイかレイヤが眠るまでそばにいてやって?」

「わかった、くっつくわけには行かないけど、眠るまでお喋りするわ」

「うん、そうしてあげて」


 レイヤは幼い顔で穏やかに笑うと、優しくロキの背中を撫でた。


「それから、レイヤの料理美味しいって言ってた。いろいろ食べさせてあげてほしいな。あと、やっぱり狼だけあって、お肉が好きみたい。牛が食べたいってずっと言ってたんだけど、結局食べさせてやれてないんだ」

「わかったわ、今度用意する」

「それからさ、狼の時けっこう毛が抜けるんだよ。ベッドが毛だらけになったりするけど、怒んないであげて」

「わかってるわよ。ブラッシングはおにいちゃんが得意よ」

「だよね、良かった」


 気づけば黒々とした木立の向こうにこぼれ落ちそうなほどの星空が森を薄く照らしている。

 ざわめく音は風に揺れた葉の擦れる音か、それとも梟の羽ばたきだろうか。


「あと、それからさ……」

「ロキ」


 レイヤが柔らかく名前を呼んだ。

 暖かく小さな手のひらがロキの手を握る。


「ロキ、大丈夫よ。大丈夫。フェンのことは、私たちに任せて」


 ランプの光に照らされたブラウンの瞳がロキを見上げる。ロキはただ黙って静かに頷いた。

 夜の森は不思議だ。暗闇の中、何も見えないというのにそこかしこから目を覚ました獣の気配を感じる。

 森を抜けるのはまだしばらく先だと告げられて、ロキはふうと息を吐いた。

 その時背後から草を掻き分ける音が聞こえる。

 遥か遠くに感じたが、その音は息遣いと共に近寄ってきた。地面を踏みつける音がする。近い、そう思って振り向いた途端、強かに地面を踏み締めた白い獣が前足を持ち上げロキに飛びついた。


「ぎゃっ!」


 間抜けな悲鳴をあげながら、ロキは地面に尻を打ちつけた。


「フェンッ!」


 レイヤが驚き声を上げる。


「やめろ! フェンッ! 離せって!」


 星あかりに照らされた白狼が、「フガフガ」と荒ぶる息を吐きながら、ロキの袖を咥えて後ろ足を突っ張っている。


「クンフゥッ!」

「コラ! やめろ!」


 ロキはやや乱暴にフェンの横っ面を叩く。その反動で、フェンは咥えていたロキの袖を離した。







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