第101話
フェンの突き出た口元がロキの袖を引っ張り、二人して転がるように湖の中に落ちた。足がつく深さだったが、入水の瞬間はドボンと大きな音が鳴り、それに驚いてニジマスは逃げてしまった。
しかし、結局のところフェンの目的はニジマスではなく、ロキと戯れたかったようだ。
フェンはガブガブと水を噛みながら「遊んでくれ」と甘えるようにロキの体にしがみついた。ロキはそれに応えるように、その身体を鮭の姿に変えた。
「なんと!」
「まあ!」
畔で驚く双子の声を聞きながら、ロキは水中を泳ぎ回り、ワフワフと少し怪しげな呼吸をしながら不格好に水をかくフェンを揶揄った。
飛沫が跳ねて水音が鳴る。
見上げると、木々が伸ばした枝葉の向こうに太陽が虹色の円を描いていた。
青々とした草、しっとりとした湖、フェンの肉球は水に濡れても
散々泳いだ後、湖から上がったロキとフェンは、濡れた体で近くの大岩の上によじ登った。
人の姿に戻ったフェンはレイヤに怒られ、下履きを履き直している。ロキは濡れたシャツを脱いで絞ると、岩面に広げ乾かした。
「ここはとてもいいところだな」
前髪を撫でる穏やかな風を受けながら、ロキは水面と遠くの木々を眺めた。隣に座ったフェンが、「そうだね」と答えた後で、胸いっぱいに大きく息を吸い込んでいる。
「フレイとレイヤもとてもいい奴だし。俺たちは運がいい」
「うん、レイヤの料理すごく美味しいし、フレイは物知りだ!」
「だな」
見下ろすと、双子はそれぞれ本を読んだり、昼寝をしたりときままに時を過ごしていた。
「フェンはここ、気に入ったか?」
ロキが尋ねると、フェンは一瞬きょとんと眉を持ち上げたが、すぐに大きく頷いた。
「ロキ、ここで暮らす?」
ロキの質問の意味を推し量るように、フェンが尋ねた。
「フェンはどうしたい?」
ロキが尋ねると、フェンは両腕を伸ばし、ロキの体を抱き寄せた。湖に浸かり少し冷えた皮膚が触れ合うと、お互いの存在を強く感じる。
「俺はロキと一緒だったらどこでもいいよ!」
目を細めて無垢な笑顔を浮かべながら、フェンはロキの額に口付けた。
アースガルドの湖はやがて夕暮れを迎えた。
ついつい長居し過ぎたと慌てながら、レイヤが帰り支度をしている。
「夕食につかうキノコをとりにいかねば、悪いがついてきてくれないか?」
ニーズヘッグを引き連れたフレイがフェンにそう声をかけた。
「ロキはそのままだと風邪を引くから早く帰って着替えた方がいいわね」
レイヤの提案にロキは頷いた。
フェンとフレイとニーズヘッグを森の奥へ見送ってから、ロキはレイヤと共に家に戻った。
レイヤが用意してくれた新しい服に身を包む。白いチュニックにネイビーブルーの下履きに、革のブーツ。その上から、フード付きのローブを羽織る。カバンを肩にかけたところで、「ほんとうにいいの?」とレイヤがロキに尋ねた。
「うん」
ロキは確かに頷くと、レイヤと共に家を出た。
レイヤは首元に大きなリボンのついた濃紺のローブ羽織り、手に火を灯したランプを掲げている。
もうすぐ夜がくる。そんな森の中を、ロキとレイヤは並んで歩いた。
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