水辺の戯れ

第100話

 ◇










 明けない夜や冬に侵食されている中層とは異なり、神々の住む最上層は太陽光が照らす穏やかな気候だ。

 時折恵みの雨が降り、魚たちの暮らす湖や木々が潤うと、柔らかい日差しがそれを育み、潤沢な資源が育つ。厳しい冬は来ず、麗らかな春が続くのだそうだ。


「だから、中層を追われた巨人族らが、この地を求めて戦いを起こすのだろうな」


 小鳥の囀る木漏れ日の中、ニーズヘッグの体を撫でながらフレイは言った。

 久しぶりにやわらかなベッドの上で眠ったロキやフェンが目覚めたのは、もう昼を過ぎた時間だった。

 おかげで体の疲労がだいぶ和らいだ二人は、フレイとレイヤに誘われて、ニーズヘッグと共に家の周辺を散策することにしたのだ。

 湖の畔に辿り着く。

 昨日、ロキらが落ちた場所からは少し回り込んだ位置だ。少し開けたその場所は気持ちのいい陽だまりの中に小さな花がいくつも咲いていて、顔を上げればきらめく湖が広がっている。レイヤのお気に入りの場所なのだそうだ。


「ここでたまに本を読んだり、絵を描いたり、お昼寝したりするのよ」

 

 レイヤはそこに大きな布を広げると、バスケットからポットに入った紅茶とりんごのジュース、きゅうりとレタス、それに分厚いハムとチーズを挟んだサンドウィッチに黄色と赤のパプリカのピクルスとほくほくのフライドポテトを上機嫌に並べていった。

 ニーズヘッグには、フレイが小さい体で一生懸命背負ってきたお化けカボチャと大きなカブが差し出されている。


「もうお腹ぺこぺこだよ、食べていい?」


 フェンは腹をさすりながらレイヤに言った。

 遅く起きた自分らがいけないのだが、今日はまだ何も口にしていなかった。


「ダメよフェン、ちゃんと手を拭いてから! ほら、これ使って!」


 レイヤは濡らした布巾を取り出すと、フェンに手渡してやっている。


「はい、ロキもどーぞ」


 そう言って、レイヤはロキにも布巾を広げて渡してくれた。


「なんだかレイヤはしっかり者だね、お姉さんかお母さんって感じ」


 なんの気なしにロキは言ったが、レイヤはその言葉が嬉しかったのか、「えへへ」と照れたように笑った。


「むう、ぼ、私の方がだいぶ歳が上だがな。おい、レイヤ、こちらにも布巾をくれ」

「だいぶって、六時間しかかわらないでしょ!」


 レイヤは口を尖らせながらフレイにも布巾を手渡した。

 やはり二人は双子だったようだ。

 サンドウィッチを食べて、紅茶やジュースを飲み、その後ロキはただぼんやりと芝生の上に寝そべった。

 傍ではレイヤが小さな花で花冠を作り、フレイが周囲にある植物を写生している。

 フェンはニーズヘッグと一緒に、湖の中を覗き込んで、何やら手を突っ込んでじゃぶじゃぶ水をかいていた。ニーズヘッグの頭の上にはレイヤの作った花冠が乗っている。

 

「ロキ! 来て! 湖の中に魚がいる!」


 フェンが水面を指差しロキを呼びつけた。ロキは足を振子に体を起こすと、背中についた芝を払いながら、フェンの隣に歩み寄る。フレイも写生の手を止め近づいてきた。


「うむ、ニジマスだな」


 澄んだ湖を覗き込んで、フレイが言った。


「ニジマス、食べられる?」

「うむ、塩焼きが良いな」


 フレイの答えを聞いた途端、フェンのはすっくと立ち上がり、バサリと衣服を脱ぎ始めた。


「キャァ!」


 背後でレイヤの悲鳴が聞こえる。


「ロキ! 獲ろう!」


 フェンがしゅるりとその身を翻すと、白狼の美しい体毛が陽光の下で煌めいた。隣でフレイが目を輝かせ、「あら」と背後でレイヤが言った。







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