第34話


 幸い、ヴァクの仲間の巨人族は特に物音に気づかなかったのか誰も様子を見にくる気配はない。

 ロキはひとまず胸を撫で下ろした。

 とはいえ、予定通りとはいえない状況だ。ヴァクが目覚めてからの対応を考えなければならないだろう。


 

「とにかく、どうにか言いくるめて……」


 そう言いながら、ロキがベッドから立ちあがろうと腰を上げると、わずかに目の前がぼやけ足元がぐらついた。

 酒は飲んでいないはずだ、それなのに体が熱く、焦点がうまく定まらない。


「クフゥン……」


 そんなロキの様子を見て、フェンが切なげに鳴きながら、ロキの脇に鼻先を突っ込んだ。


「大丈夫。ちょっとよろけただけ」


 そう答えて、ロキはフェンの頭を撫でてやる。


「ところでフェン、その姿のままじゃだめだ。元に戻らないとヨトに連れて行ってもらえない、戻れるか?」


 ロキが言うと、こくりと頷いた白狼は、ブルルッと体を震わせた。

 その体躯が伸びをするかのように鼻先が天を向くと、そこから不思議な衣を脱ぎ捨てるかのように白い体毛が消えてゆく。そしてしなやかな筋肉を携えた青年の姿のフェンが全裸のまま立ち上がった。まだうっすらとほお紅がのこり、口紅はどこかに擦り付けたのか、顎の横に赤い色が掠れている。


「あ、まさか、フェン! おまえ!」


 裸のフェンを見て、ロキは思わず声を上げてしまった。慌てて口を押さえてヴァクの様子を確認したが、ヴァクは起きる気配はなく、むにゃむにゃと口元を緩ませている。

 安堵したあと、ロキはすぐに寝室を出て先ほど宴会をしたメインの部屋に戻った。案の定、フェンの着ていた女性ものの服がビリビリに破れて散らばっている。


「あちゃー……」


 助けてもらった手前、フェンを責めるわけにもいかず、ロキはそのボロ布を拾い上げて項垂れた。


「ロキ、怒る?」


 フェンの腕が背後からロキの体を抱き寄せた。甘えるように鼻先を頬に擦り付けてくる。それが白狼なら問題ないが、今のフェンは全裸の男だ。

 離れてくれと、ロキはフェンの腕を握った。しかし、力がうまく入らない。それだけではなく、先ほどよりさらに体は熱くなり、どういうわけか腹の奥が痺れるように痒くなってきた。

 膝に力が入らなくなり、ついに崩れ落ちそうになったロキをフェンが抱き留めた。


「ロキ?」

「わ、悪い。ちょっと……うわっ!」


 急に横抱きにされ、ロキは慌ててフェンの首に腕を回してしがみついた。

 女装した男が全裸の男に運ばれている。

 なんだこれ、などと考える余裕もなかった。何故か頬を寄せたフェンの肩の皮膚から立ち上る香りに、ロキの腰がズンと重くなっていく。


「くそっ……あの薬か……」


 どうやらこれは、さっきヴァクに飲まされた得体の知れない薬の効果のようだ。察するに、飲んだ者の性欲を高める効果があるのだろう。

 成人したばかりのロキだったが、流石にこの歳にもなれば多少の性の昂りは身に覚えがある。けれど今疼いているのは、いつもと違う場所だった。

 ロキはフェンに抱かれながら、自らの腹をさすった。


「オメガ」「良性具有」「神の器を創る」


 そんな言葉が頭に浮かんだ。



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