第33話


 夜伽の相手もごめんだが、もちろん自分を女だと思っているヴァクに男だとバレるのもまずい。そう思ったロキは必死にヴァクの肩を押すが、華奢なロキには巨人族の大きな体を押し除けられるわけがなかった。


「あ、あの、ヴァク様! ア、アタシ、まだ……心と体の準備がっ!」

「あ? 大丈夫だ、そんなもん俺がしてやる」

「い、いえそんな! んっ……!」


 突然押し当てられたヴァクの舌がロキの唇を割り、何か小さな粒を口内に送り込まれた。ロキは推し戻そうと首を傾けたのだが、ヴァクにはそれが戯れる仕草のように映ったのか、いっそう深く口付けられた。

 飲み込んではダメだと思うが、ヴァクはしつこくロキの口内を弄り口蓋を舐めた。そのせいでロキはその粒を吐き出すことができないまま、結局喉奥へと飲み込んでしまった。


「こ、これは、なにを⁈」

「心と体の準備ができる薬だ」


 焦り尋ねたロキにヴァクは平然と答えた。


「そ、それって……ど、どういう……」

「まあ、いいから、楽しめよ」


 そう言うと、ヴァクはロキの首に顔を埋めた。舌先が首筋を縦になぞり、そのまま耳たぶを吸われ、その感覚にロキは小さく息を吐いた。

 ヴァクの手がロキの脇腹を弄り、それが胸元を辿り、衣服のボタンを外していく、そこには柔らかな膨らみなどあるはずもなく、ロキはいよいよダメかと瞼を閉じた。

 しかし、どういうわけかヴァクはそのままロキの露わになった鎖骨に唇を這わせた。酔っ払いすぎて気がついていないのだろうか。

 しかし、ヴァクの手が衣服の布越しにロキの股間を撫でた瞬間、とうとうその動きがピタリと止まった。

 ロキは息を止め、恐る恐るヴァクの様子を伺った。自分の体から血の気が引いていくのがわかる。「殺されるかも」と頭をよぎった。


「あ、あのぅ……ヴァク様……」


 いっそ正直に言う方が許されるだろうか。

 ヴァクはロキの股間に視線を向けながら、確かめるように揉みしだいている。


「あ、ちょっ、も、揉まないでっ!」

「お前、男か」

「は、はい……すみませんっ……」


 ロキはか細い声で言った後、視線を逸らした。

 ヴァクはしばらく沈黙したまま、観察するようにロキ(の股間)を見つめている。


「まあ、問題ねぇ」

「……嘘をついて、すみまっ……えっ?」


 予想しなかったヴァクの言葉にロキは驚き、瞬いた。


「巨人族にはもともと女がいねぇ。だがら付いてる付いてない以外の性別の違いが俺にはいまいちわかんねぇんだ。女がいいって言う奴もいるが、俺は気に入ればどっちだってかまわねぇ」

「そ……それは、良かった……」


 ーーいや、よくないな? 

 とロキは内心で呟いた。


「続けるぞ」

「あ、ちょっと、ま、ひゃぁっ!」


 スカートを捲り上げられ、驚いたロキは声をあげた。その様子をヴァクはどこか面白がっている。

 脚を広げられ太ももを抱え上げられ、下着越しに押し当てられたヴァクの中心は硬くすでに昂っているようだ。その大きさに、ロキは震え上がった。


「む、無理だ……」


 恐怖のあまり溢したロキの言葉はヴァクには届いていないようだ。ヴァクは酔いが回った虚な瞳でロキの顔を愛でるように見下ろしながら、その大きな手で包み込むように頬を撫でた。

 どうなっちゃうんだ、痛いかな……などと、ロキが半分諦め胸元で合掌しかけたその時だった。


「快くしてやるから、まかせっ……うわっぶっ!」


 突然の出来事にロキは言葉を失った。

 視界に白い大きな塊が広がったかと思ったら、次の瞬間それが何かを言いかけたヴァクに覆い被さったのだ。咄嗟に身を翻したロキの隣に、ドサリとヴァクの体が倒れ込んだ。抑え込むようにその上に重なるのは、白い狼の体だった。


「フェン!」


 ロキが名を呼ぶと、フェンはヴァクの上に乗ったまま顔を上げた。口元と頬に紅が残ったままなので、なんとも言えない表情だ。

 部屋の戸を見るといつのまにか開いている。肉に夢中だと思っていたが、どうやらフェンは助けに来てくれたようだ。


「フェン! よかった! 助かった!」


 ロキはフェンの首に抱きつき、その頭をワシワシと撫でてやった。


「ぅっ……ぐぅっ……」


 フェンの足元で唸り声が聞こえ、ロキは恐る恐るヴァクの顔を覗き込んだ。その顔面はシーツに埋もれてしまっている。


「フェ、フェン……これじゃ死んじゃう、足退けろ」


 フェンはロキの言う通り、ヴァクの上から体を退けた。しかし、ヴァクはなかなか動かないので、「あ、死んだかも」とロキは思った。

 

「ま、まずいぞ! 死体を隠さなきゃ!」

「ワゥッフン!」

「しっ! 他の仲間に気づかれるから、静かに!」


 ロキは室内を見渡した。

 あの窓から外に出て、どこかの林の影にまた穴を掘って埋めよう。そう算段をつけた時、ヴァクの死体から地鳴りのような音が鳴り響いた。

 何かと思ってロキがヴァクの大きな体をひっくり返すと、ヴァクは口を開けてイビキをかいて眠っていた。


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