第32話

 少しの沈黙のあと、ヴァクはロキの手からグラスを受け取り、口元に笑みを作った。


「強気な女は嫌いじゃねぇぞ」


 それを聞いて、ロキだけでなくその場にいた全員が安堵の息を吐いた。

 オヤジへの手土産をフェンに決めたらしいヴァクはそこで気が緩んだのか、上機嫌な様子で次々にロキが注いだ酒を飲んだ。このまま酔わせて、フェンの付き人として自分の同行も認めさせればロキの作戦は成功である。


「おまえ、えーっと、名はなんだっ?」


 赤らんだ顔でヴァクは尋ねた。少し呂律が回らなくなっている。ここまで酔わすのにかなりの量を飲ませていた。


「はい、ロキと申します、オホホ」

「ほぉ、ロキ……ロキか……」


 ゆらゆらと頭を揺らしながら、ヴァクはロキの方に体を向け、ショールの中を覗き込んだ。

 幸い、食堂で一度会っているが、あの時もヴァクは対戦相手のフェンばかりを見ていたので、ロキの顔は覚えていないようだ。


「ロキ、なんか、お前変わった匂いがするなぁ?」


 そう言いながら、ヴァクは鼻先をロキの頬に押し当てスンスン鳴らした。ロキは思わず身を引くが、大きい手に腕を掴まれ体を固定されてしまう。


「なんだ、これ、んー、パン?」


 ーーん? パン?

 とロキは思ったが、すぐに顔中に塗りたくられた小麦粉のことを思い出した。


「ヴァク様にお会いするために、特別な香水を纏ってきたんですのよ、オホホホ」


 どうせ酔っているからと、ロキは適当言ってあしらった。そんなロキの応対にも、ヴァクは目尻を下げて上機嫌な様子だ。


「そうか、ロキ。俺のためか」

「はい、もちろんですワ、ヴァク様……オホホ」

「可愛いやつだな、ロキ」

「ありがとうございます。嬉しいですワ、ウフフ」

「よし、決めた! 今晩、俺の相手をさせてやろう」

「あら、そんな、オホホホ……ホホ?」

「具合がよければ、お前をヨトに連れ帰ってやる。励めよ?」


 腰を引き寄せられ、ロキは肩を跳ね上げた。

 股の間に挟んだブツがバレないように、必死に体を捩ったが、その仕草を恥じらいとヴァクは捉えたようだ。「ウブな仕草もまた良い」などと言いながら、ロキの腰を撫でくり回している。


「いえ、ヴァク様! ア、アタシはそちらのデケェ女の付き人のような者なので、そんなお相手など……」

「何言ってんだ、さっき可愛らしく妬いてたくせに?」


 ロキは口を噤んだ。

 助けを求めるように、ヴァクの向こう側に座るフェンを見たが、彼はテーブルに並べられた肉に夢中でこちらの様子に気づいていない。


「お、ヴァク、その娘に決めたのか? それじゃ、俺らも奥間にシケコミますかね」


 黒髪の巨人族たちは、待ってましたと言うように、両腕に娼婦を抱えて立ち上がった。さすが本業の娼婦たちは、巨人族の肩にしがみついて「キャッキャ」とはしゃぐような声をあげている。

 すると、何故か対抗するかのように、ヴァクもロキの体を抱え上げた。素人のロキが上げたのは「ギャッ!」という間抜けな叫び声だった。

 そのまま担がれ、部屋の奥にある別室に連れ込まれそうになり、ロキは助けを求めてヴァクの肩越しに手を伸ばしたが、フェンは肉を咥えたままキョトン顔で瞬いていた。


「あの駄犬め……」

「ん? なんだロキ? なんか言ったか?」

「い、いえ……わぁっ!」


 ロキはその体を柔らかなベッドに投げ出された。

 室内の大半は大きな天蓋付きのベッドが締めている。サイドテーブルの上には水差しやら香油やらが備え付けられていて、まさにそういう行為をするために用意されている場所なのだろう。

 ヴァクがロキの上にまたがり、酔って緩んだ表情で見下ろしている。完全にその気だ。

 ロキは焦って身を捩るが、腕を掴まれショールを剥ぎ取られてしまった。


「なんだ、隠しているから傷でもあるのかと思ったが、可愛い顔してんじゃねぇか、ますます気に入った」


 ヴァクはそう言いながら、ジリジリとロキに顔を寄せてくる。



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