第37話

 ◇









 空が白んで少ししてから、小鳥が囀りを始めた。

 仰向けに眠っていたヴァクがぐっと眉を寄せ、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 ロキはベッドの傍に座り、ヴァクの表情を覗き込んだ。


「なんだ? 朝……?」


 開かれた窓の外を見た後で、ヴァクがロキを見上げてそう尋ねた。


「はい、ヴァク様。 おはようございます」


 ロキがシーツに三つ指ついてそう言うと、ヴァクはゆっくりと体を起こした。


「イテテッ……」


 頭を抑えるヴァクに、ロキはサイドテーブルの上の水差しからグラスに水を注いで手渡した。


「二日酔いでしょうか、お飲みください、ヴァク様」

「二日酔い?」

「はい、頭が痛むのでしょう? おそらく二日酔いです。たくさん飲んでらっしゃいましたから」

「二日酔いってのは、後ろの頭が痛むのか?」

「……は、はい。後ろだったり横だったり、顎が痛むなんて人もいるらしいですよ?」


 ヴァクはまだ険しい顔のままグラスを受け取ると、ぐっと一気に傾けた。そして空いたグラスをロキに返すと、思い出したかのようにその姿を繁々とながめた。

 ロキは女性もののスカートから、部屋に備え付けられていたサテンのローブに着替えている。

 まとわりつくようなヴァクの視線から逃れるように、ロキはもじもじ体をくねらせながら目を逸らした。


「すまねぇな、ロキ。どうやら昨日は途中で寝ちまったようだ」


 ロキの仕草を恥じらいと取ったのか、ヴァクはニヤリと口元に笑みを作りその手をロキの腰に回した。


「まだ朝も早ぇようだ。少し遊ぼう」


 そう言ったヴァクの手をロキは慌てて振りといた。


「ひ、ひどい! ヴァク様! まさか、覚えてらっしゃらないんですか⁈」


 ロキはぐるりと体を翻し、ヴァクに背を向け背中を丸めた。そして手のひらで顔を覆って、しくしくと肩を揺らしてみせる。


「えっ? お、おい。ロキよ、どうした? 泣いてんのか?」


 ヴァクが慌てた声を出して、ロキの肩に手を置いた。


「昨夜はあんなに激しく求め合ったと言うのに! ヴァク様は全てお忘れなのですねっ!」

「な、なんだとっ⁈」


 ロキはチラリと肩越しにヴァクの表情を伺った。驚愕したように眉を持ち上げ唇を薄く開いている。

 

「ほ、ほんとうか? まったく覚えてねぇんだが……」

「あんまりです! ヴァク様! うぅぇぇん!」

「おお、ロキ、泣くな、泣かないでくれ!」


 ヴァクはロキの体を振り向かせると、宥めるよう胸に抱き、大きな手のひらでポンポンと背中を撫でた。


「確かに、お互い激しく求め合いすぎて、あまりの快感でヴァク様は気絶なさってしまいました……しかし、まったく覚えていらっしゃらないなんて……」


 ロキは言い募った。

 ロキが額をヴァクの胸元に擦り付けると、ヴァクはなおさら焦ったようにロキの髪を撫でている。


「な、そ、そんなっ……き、気絶しちまうほど……⁈」

「はい、ヴァク様は仰っていました……たまんねー! こんなに気持ちいのは初めてだぜぇ、ヒャッホーイ!っと……」

「ヒャッホー……? 俺が?」

「は、はいっ……と、とにかく、俺の体が最高だと!」


 そう言ってロキが顔を上げると、ヴァクは「なんてことだ」と呟いて、額に手を置いている。


「全く覚えてないとはもったいないことをした! ロキ、まだ時間はあるもう一度だ!」

「あぎゃっ!」



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