第21話

 ◇









 ロキは今までの人生のほとんどを、ミッドガルドの田舎の村で過ごしていた。

 だから全てにおける比較対象は、その田舎の村しかないので、ここがいわゆる「都会」というやつなのかはわからない。

 しかし、荷馬車の親子と別れ、街の入り口に立ったロキは、その光景にぽかんと口を開けて立ち尽くしていた。


「すごい……」


 街の入り口は石造りの大きな門扉が設けられていて、上部がアーチ型になっている。

 そのアーチにかかった横断幕に書かれた『ようこそ! リドネブへ!』と言う文字を体現するように、扉は閉ざされることなく広く開け放たれていた。


「おいっ! 危ねぇぞっ!」

「どけどけっ!」


 背後から叫び声がして、直後馬の蹄と車輪が跳ねる音がする。道の真ん中に立ち尽くしていたロキは、慌てて体を翻した。

 避けたロキを脇目に、御者が馬に鞭を打ちつけ、馬車が二台続けて通り過ぎていく。他にも多くの人がひっきりなしに行き交っていた。

 門を潜って真っ直ぐに続く道は、綺麗に舗装されており、おそらくここが目抜通りだ。その道の続くはるか先にこの街の有力者でも住んでいるのか、巨大な屋敷が見えている。

 道の両側には木材と石材が入り混じった作りの家や商店が立ち並び、その手前には用水路なのか人工的な小さな小川が流れている。そこにささやかな橋が等間隔にかけられていて、目抜通りから脇道や商店に入るには、皆その橋を渡っていた。

 とにかく人が多い。纏う衣服も鮮やかなものばかりで、その色彩にロキは目が回りそうだった。

 昔、建物の影から盗み見ていた村の祭の様子に似ているが、しかしそれよりも人々の様子は殺伐としていた。


「とにかく……換金所を探そう」


 ロキはそう呟いて、自らを落ち着けるように胸元を撫でつけた。

 犬は親子の荷馬車を降りてからも、当然のようにロキの後をとことこ付いてきている。ついに追い払うことを諦めたロキだったが、やはり思った通り、このデカい犬を連れて歩くとすれ違う誰もが振り返った。


「うわ、デカ」

「え、リードしてないけど……」

「高そうな犬!」


 そんな声が聞こえてくる。そして大概、犬に向けられたその視線は、次に犬の飼い主らしきロキに向けられるのだ。

 こんなに華やかな街だというのに、ロキは小屋で頂戴した地味な衣服に地味なローブ、皮が擦れてクタクタになった自前のブーツといった装いだ。それがなんだか恥ずかしくなって、ロキはローブのフードを目深に被り、隠れるように両手で襟元を手繰り寄せた。

 しばらく歩いても換金所は見つけられず、とうとうロキは、近くにいたなんとなく自分の爺と雰囲気の似た老人にその場所を尋ねた。

 換金所があったのは、目抜通りから一本路地に入った場所だ。ちょうど角に面していて、なかなか奥行きのある建物であることはわかったが、正面の店構え自体はかなりこぢんまりとしていた。

 店の扉を開くと、三歩ほど進んだすぐ目の前にカウンターがあって、客はそれ以上奥にはいけないようになっている。

 扉を開ける音に気がついたのか、奥からのそのそと店主が現れた。店主は大柄で、頭に白い布を巻きつけ、黒い口髭を蓄えた男だった。





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