第22話

 店主はロキの姿を見て、見ない顔だと訝しんだが、次に狭い店内に無理やり入り込んできた犬をみて、さらに眉を寄せている。


「いらっしゃい」


 愛想は一切見せず、ぶっきらぼうな店主の物言いに、ロキは一瞬怖気付きそうになった。しかし意を決して、鞄の中から鞘付きのナイフと方位磁石を取り出して、カウンターの上に置いた。


「これ、売りたいんだけど」


 ロキが言うと、店主はロキの表情と、カウンターの上とを交互に見た後、ようやく差し出した品を手に取り眺め始めた。

 カウンターの向こうには、いましがた買い取った品々なのか、貴金属やら農具やら、さらには鳥籠に入れられた鮮やかな色の鳥までもが雑然と置かれていた。

 犬がその鳥に興味を示したのか、カウンターの上に前足を上げ、ハフハフ息を吐いている。

 ロキは慌てて、やめろと犬の頭を抑えた。

 やがて、品定めを終えた店主が、何も言わぬまま一度店の奥へと下がっていった。どうしたのかと伺っていると、すぐに戻ってきた店主が、五枚の銅貨をカウンターの上に放り投げた。


「こ、これだけ?」

「あ?」

「あ、い、いやっ……ありがとう……」


 買い取ってくれるだけましか。元は自分のものでもないわけだし、贅沢は言っていられない。

 しかし、たった銅貨五枚ではすぐに路銀は尽きるだろう。これで、海の向こうまで辿り着けるのだろうか。

 いや、海の向こうに行って終わりではない。爺のいるヴァルハラという場所は上層にあると言っていたのだ。その道のりはかなり長いはずだ。

 ロキはため息をついた。犬は呑気にハフハフ息をしながら、薄いブルーの瞳でロキを見上げている。


ーー立派な毛並みだなー!

ーー高そうな犬!


 カウンターの向こうの鳥籠の鳥がピチチと鳴いて、ロキはハッと思いつた。


「あのっ、犬は⁈  買取してくれる⁈」

「あ? 犬?」


 店主はロキの言葉に、ジロリと犬を見下ろした。


「そ、そう! この犬! 上等な毛並みだろう?」


 ロキが言うと、店主は顎に手を当て口髭を撫でた。満更でもないと言うことだろうか。


「目の色もほら、こんなに綺麗!」


 もうひと推し、とロキは犬の顎を持ち上げ、その顔を店主に向けさせた。

 店主は「ふむ」と唸ったが、しばらくして首を横に振った。


「デカすぎるな」


 店主の答えに、ロキはカウンターに手をつき食い下がった。


「デカいのはいいことじゃないか! ロバの代わりに荷物だって運べるし、番犬にもなる」

「いや無理だ、デカすぎる。在庫として抱えておけねぇ」


 ピチチッと籠の鳥が鳴いた。

 確かに、この犬はデカい。今だって、ほとんど無理やり店内に入り込んでいるから、犬のお尻は扉から少しはみ出ているほどだ。店の倉庫にどれほどの余裕があるのかはわからないが、少なくともカウンターの中には入れないのは確実だ。


「あ、でもっ! こいつ、凄いんだよ!」

「あ?」

「なんと、この犬は人間になれるんだっ! しかもなかなか美丈夫だぞ! ご婦人方はきっと気にいる!」


 ロキの言葉を店主はフンと笑い飛ばした。


「にいちゃん、金が欲しい気持ちはわかるが、つくならもっと上手い嘘つきな」

「い、いやっ嘘じゃ……」

「つーか、こいつ」


 店主はロキの言葉を遮り、ぬらりとカウンターから身を乗り出して、あらためて犬を見下ろした。


「犬じゃなくて、狼じゃねぇか?」

「え……お、狼?」


 ロキが聞き返すと、店主は「ああ」と頷いた。


「狼と……犬って、具体的に何が違うの?」

「俺もはっきり知らねぇが、大きさとか顔つきとか、あとはなんとなく犬歯がでかいとか?」


 店主は眉を寄せ、中空を見つめたが、その後すぐに首を振った。


「まあ、いい。今のは忘れてくれ、白い狼だなんて、それじゃフェンリルじゃねぇか。んなわけねぇし、こいつはただの犬だ。てめぇで可愛がってやんな」

「え? フェンリル……?」


 ロキは店主の言葉に、眉を上げた。







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