第20話

 






 少し歩くとすぐ川辺に出た。

 川の流れに沿って歩くと視線を上げた先のちょうど正面にユグドラシルの巨大な幹が見えている。

 下流を目指して歩くのはわかりやすいが、少々小石が多くて足場が悪い。やはり、ユグドラシルの位置を目印にして、歩きやすい街道を探すべきだろうか。そこで運良く、通りすがりの馬車にでも乗せてもらえれば明るいうちにどこかの町に辿り着けるかもしれない。

 町にたどり着いたらどうするか。

 今ある食料はすぐに尽きるだろうから、とにかく金が必要だろう。バッグの中を漁ると、ロキが詰め込んだ食料や衣服の他に、入れっぱなしだったのか、鞘付きのナイフと方位磁石が出てきた。これを売れば多少の金にはなるだろうか。まずは、換金所を探すか。

 そんな風に考えていると、背後で自分以外がコロリと石を踏み締めた音がした。

 ロキがまさかと思い振りかえると、そこにはなんと白い大きな犬の姿があった。


「ちょ、お前、ついてきたのか⁉︎」

「バウッフン!」


 ロキは頭を抑えた。


「いや、ダメだ。戻れよ、お前を連れてはいけない」

「ハフゥン……」

「こんなでかい犬連れて街に行ったら目立っちゃうだろ!」


 犬は何か言いたげに、フンフンッと鼻を鳴らしている。

 ロキはため息をついてから、足元の小石を拾いあげた。


「よし、わかった。遊んでやる」


 ロキは犬に見せびらかすように小石を手の中で弄んだ。犬は「ハフッ」と息を止め身構えるようにして、「くるぞっ」と言わんばかりに後ろ足に力を入れている。 

 ロキは思い切り振りかぶり、林の向こう目掛けて腕を下ろした。握った小石が大きな弧を描いて、遠くの方へ飛んでいく。


「バウッフン!」


 と犬が跳ね上がり、小石目掛けて駆けていった。

 ロキはその姿を確かめてから、自分は反対の方向へ急いで走り出した。途中振り返ったが、犬の姿は見えなくなっていた。   

 ロキはまたユグドラシルの方を向き、そのまま一人進み続けた。

 ここ最近天気も安定していたおかげで、川の流れは穏やかだ。しかし、やはり小石だらけの場所は少々歩きにくい。そろそろ街道に出たいところだと思ったところで、ロキは馬のひづめの音を聞いた。

 恐る恐る音を辿り、林を横切ると運良く幅の広い道に出た。蹄や車輪の跡がある。荷車や馬車が通ったのだろう。これを辿れば人が集まる街につける可能性が高い。

 そう思って、またしばらく街道を進んだ。するとまた馬の蹄の音がする。ロキは少しばかり警戒しながら、振り返ると、荷馬車がこちらに向かって走ってくるところだった。

 手綱を引くのは、日に焼けた初老の男で、荷車には帽子を被った少年が乗っている。親子だろうか。

 ロキが大きく手を振ると、幸いなことに初老の男は目の前で馬を止めてくれた。


「近くの街まで行きたいんだけど、乗せてもらえない?」


 ロキが言うと、初老の男は頷く前に、ロキの姿を観察した。

 怪しいところはないだろうかと警戒しているのかもしれない。子供連れなのだから当然だ。

 しかし、成人間際にしては少々華奢なロキの姿は男にしてみれば危険なしとうつったようだ。それに荷台の少年も暇を持て余していたようで、初老の男が「いいぜ、乗りな」と親指を立てると、少年は何やら嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「わぁ! すっごい、おっきいわんちゃんだ!」


 少年の言葉に、ロキは驚き振り返った。

 気づけばすぐ後ろに、あの白い犬が前足をそろえて行儀良く座っている。


「牧羊犬か? 狩猟用? 立派な毛並みだなー!」


 初老の男がご機嫌に言った。完全に連れだと思われている。


「いや、こいつは……」

「わははっ! おいでおいで! うわぁ、モッフモフ! 可愛いー!」


 ロキが否定するより先に、犬はさっさと荷台に乗り込み、少年と戯れ始めた。


「……まあ、はい、ペットみたいなもんで……」


 ロキはため息混じりに答えると、初老の男に頭を下げて自らも荷台に乗り込んだ。


「おまえ、頼むから途中で人になるなよ? 真っ裸とか、確実に変質者扱いされるからな?」


 ロキがそう耳打ちすると、犬はワフッと息を吐いた。

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