胸騒ぎ
「やれやれ……」
洞窟の中を走るエマとカイラを見送り、ジェフリーは苦笑してかぶりを振る。
抜け穴の出口の周囲を確認した時には、赤眼の魔獣の痕跡のようなものは見受けられなかった。
そう考えると、少なくともここ最近は魔獣があの辺りをうろついていることはないはず。
なら、二人が危険な目に遭うことはないだろう。
なのに。
「……さっきから、胸騒ぎがしてならないんだよな」
本当ならジェフリーもすぐに二人を追いかけたいところだが、暗闇の奥から迫り来る無数の赤の光を捨て置くわけにはいかない。
そんなことをすれば、結局はあの二人……いや、実力的にエマはともかく、カイラが餌食になってしまう。
だから。
「早く来い、
そんな彼の願いが叶ったのか、六つの赤の光が暗闇から飛び出し、目の前に姿を現した。
「ヘルハウンド種の魔獣か」
『ウウウウウ……ッ!』
犬歯を
この魔獣は禁忌の森の下層に棲息しており、ジェフリーにとっては物の数にも入らない。
とはいえ、カイラからすれば充分脅威に値するのだが。
「悪いがのんびり相手をしている暇はないんだよ」
『ッ!? ギャウッ!?』
ジェフリーは一気に詰め寄ると、剣を一閃。瞬く間に犬の魔獣を斬り伏せた。
「とりあえず、この犬っころは
そう言うや否や、ジェフリーは暗闇に向かって駆け出す。
時間が惜しい中、わざわざ待ち構えてやる必要はない。そう言わんばかりに、赤眼の魔獣の大群に迫る……のだが。
「っ!?」
目の前に突然広がる、紅蓮の炎。
ジェフリーは
「おいおい……こんな狭い洞窟で、よりによってこいつ等かよ……」
現れたのは全長十メートル近くもある、赤い鱗を持つ
禁忌の森の上層に棲息する、『火の精霊』とも呼ばれるサラマンダー種の魔獣だった。
それも、三体。
サラマンダーは竜種ではないが、堅い鱗に覆われその口から岩をも溶かす炎のブレスを吐く。
十メートル四方の洞窟内で三体同時に炎のブレスを吐かれたら、さすがのジェフリーも逃げ場がない。
「さて……どうするか」
炎の射程圏内に入らないよう、少しずつ距離を取りながらジェフリーは思案する。
この狭い空間で炎のブレスを避けつつサラマンダーを倒すのは至難の業。少なくとも、無傷では済まないだろう。
しかもサラマンダーの後ろにも、まだまだ赤眼の魔獣が待ち構えている。
今もくすぶっている胸騒ぎを
「……まあ、こんな状況も既に
そう呟くと、ジェフリーはいきなりサラマンダーへ向けて突撃する。
このままでは炎のブレスの格好の的。サラマンダー達もジェフリーに狙いを定め、その巨大な口を開けた。
だが。
『ッ!? ギャオオオオオオオオオオオオッッッ!?
サラマンダーが炎のブレス吐く前に腹の下へと滑り込んだジェフリーが、岩をも溶かす炎と熱にも耐えうる堅牢な鱗をものともせずに斬り裂く。
……いや、正しくは鱗の隙間を寸分違わずに縫って、内側の柔肌を斬ったのだ。
あの、王都に出現した青鱗の魔獣にしてみせたように。
『グオ!? グオオオアアアアアアアアアッッッ!?』
痛みにより
それは他の二体のサラマンダーに加え、さらに後ろに控えていた魔獣達にも向けられた。
その結果、炎のブレスによって焼かれた魔獣。回避できた魔獣もサラマンダーを敵と認識して襲いかかる。
「絶賛混乱しているところ悪いが、俺も時間がないんだよ」
『ッ!?』
手始めに先程斬ったサラマンダーの首をいとも容易く斬り落とすと、その勢いのまま返す刀で二体目、三体目と首を
さらにはサラマンダーと敵対していた魔獣、その後ろに控えている魔獣と、次々と剣の錆にしていく。
トロール種、オーク種、コカトリス種、ナーガ種、コボルト種……ありとあらゆる赤眼の魔獣が肉塊と化す。
まるで作業のように次々と斬り伏せていく中で、ジェフリーは血塗られた赤い眼を潰すことを忘れない。
この世界で最も尊く、最も忌むべき赤い眼を。
そして。
「…………………………ふう」
全身を血に染めたジェフリーが、ようやく手を止め息を吐く。
振り返ると、赤い眼を失った魔獣が暗がりの洞窟の地面に累々と横たわっていた。
「行くか」
魔獣達を何の感情も籠っていない瞳で
今もなお消えることのない、胸騒ぎのする抜け穴の出口……エマとカイラのもとへと。
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