まだ見ぬ父を求めて
カイラ=リンドグレーンは、名も知らぬ父に誰よりも憧れを抱き、求めていた。
アルグレア連合王国の西にあるリンドグレーン子爵家の長女として生まれたカイラは、それなりに裕福な生活を送っていた。
だが彼女が物心ついた時から父はおらず、そのことを母に尋ねても寂しく微笑むばかりで何も答えてはくれない。
いつしか父がいないことを気に留めることもなくなったカイラだが、八歳の時にある光景を目にする。
それは、家の当主であり祖父でもあるリンドグレーン子爵が、床に平伏す母をなじっている姿だった。
リンドグレーン子爵は、『どこの馬の骨とも知らぬ者に股を開いた
彼女の母は反論することもなく、ただ
この時、
祖父がいつも
それからのカイラは部屋に引きこもるようになり、リンドグレーン家の屋敷の中でも滅多に姿を見せなくなった。
部屋から出るのは、剣術の訓練の時だけ。
自分を忌み嫌う祖父や、ひそひそと陰口を叩く使用人と、どうして顔を合わせなければいけないのか。
何より……自分にそんな運命を押しつけた母に、どう接すればいいのか。
もし母に会えば、きっと父のことを問い
それが分かっているからこそ、カイラは自分の世界に閉じこもることに決めたのだ。
そんな彼女の拠り所は、祖父が忌み嫌う父が遺したというレイピアと、一冊の魔法書だけ。
この世界において魔力を持つ者はごく限られており、その素養は主に血筋によって決まる。
つまり魔法使いになることができる者は、生まれた時からほぼ確定しているのだ。
リンドグレーン家は、魔力を持つ者の家系ではない。
だというのに。
「綺麗……」
自らの魔力で生み出した水の球体を見つめ、カイラは呟く。
そう……カイラには、魔法使いとしての才能があった。
これは会ったことも、ましてや生きているのかどうかすら分からない父の血筋によるものなのか、それとも、世界にごく僅かしかいない突然変異の存在なのか、それは分からない。
だがカイラは、遺されたレイピアと魔法こそが、父との繋がりなのだと信じて疑わない。
そして思いを馳せるのだ。
いつか、父に出逢う日を夢見て。
父だけは、自分を愛してくれると信じて。
そんな、ある日のこと。
――母が、自ら命を絶った。
慎ましやかに葬儀が行われる中、参列者や使用人達がひそひそと口にする。
『リンドグレーン子爵が令嬢を日々なじり、心を病んでしまったのだ』
『そもそも、不貞を働いた彼女が悪い』
ここに娘のカイラがいるというのに、言いたい放題。
だがカイラの胸には、そんな悪口などよりももっとつらい言葉が突き刺さっていた。
『バケモノの子なんて産まなければよかった』
母の遺書に記されていた、娘に遺したたった一つの言葉。
自殺したのはカイラのせい。そう言い放ったのだ。
母を気遣って疎遠になったことが、このような結末を迎えるに至った。
これでもう、カイラはリンドグレーン家での居場所を失った。
◇
「カイラ=リンドグレーンです」
成人を迎え十五歳となったカイラは、王国軍に志願する。
母の死後、案の定というべきか、祖父からリンドグレーン家を追放され、孤児院に放り込まれた。
誰からも望まれなかった少女は、今さら居場所のなかったあの家に未練はないが、それでも、これからは一人で生きていかなければならない。
孤児院において、世話をしてくれる修道女や一緒に暮らす孤児たちと一切関わろうとしないカイラは、昼は一心不乱に父の遺した剣を振り、夜は月の明かりでぼろぼろになった魔導書を読みふける。
全ては、いつか父に出逢った時に、自分が娘であることを証明するために。
自分は『ここにいるよ』と、父に示すために。
そうしてカイラはアルグレア連合王国でも
カイラがどうして王国軍に志願したかなど、考えるまでもない。
惨めな孤児という身分で、父に存在を知らしめるためにその名を売るには、冒険者か兵士になるしかないのだ。
特に兵士であれば、戦功を上げ上手く立ち回れば身分に関係なく出世できる。
そうすれば、この国の権力に近づくことができるのだから。
もちろん冒険者となり、黒曜等級までいけば兵士以上の地位と名誉が手に入るが、そうなれる保証はどこにもなく、何より王国内で権力を手に入れることは難しいだろう。
そう……カイラは権力にもこだわる。
自分を忌み嫌い、棄てた者達に鉄槌を下すために。
彼女の思惑はさておき、王国軍はカイラの才能を高く評価した。
魔力を含め、個としての実力は志願した時点で既に白金等級冒険者に匹敵し、学科試験でも優秀な成績を修めている。いずれは黒曜等級冒険者と肩を並べ、一軍を率いる指揮官になるだろう、と。
王国内で起こった、第二王子〝オーガスト=レクス=アルグレア〟が起こしたクーデター事件において活躍した、黒曜等級冒険者すらも凌駕する若き戦姫、クローディア=レクス=アルグレアとともに。
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