魔獣、再び
「ディア、今日はよかったぞ。これなら次に進んでもよさそうだな」
「ふへへ……先生に褒めてもらった」
クローディアに仕えて八年。
ノーマンの視線の先には、これまで一度も見たことがない、嬉しそうに顔を
「くっ!」
変わり果てたクローディアの姿をこれ以上見ることができず、ノーマンは
自分には引き出すことができなかった、クローディアの幸せそうな笑顔。
どう見てもうだつの上がらない冒険者の男がそれをやってのけた現実を目の当たりにし、ノーマンは悔しさと嫉妬で圧し潰されそうになった。
「ハア……ハア……ッ!」
ギルラントから王都に戻って来るなり、休暇を早々に切り上げて一心不乱に剣術の訓練に励むノーマン。
その姿は鬼気迫るものがあり、彼の様子を眺めている他の使用人達は声をかけることもできなかった。
(きっと……僕があの男よりも……クローディア様よりも強くなれば、きっと……っ!)
強くなれば、クローディアが自分に振り向いてくれる。
あんな男など忘れ、自分だけを見てくれる。
そう思い込むことで、ノーマンはかろうじて自我を保っていた。
そんな夢のような未来など、訪れないことを理解しながらも。
それでもなお、輝く彼の太陽の
◇
「……なのにどうして、今さら現れるんですかね」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、なんでもありませんよ」
建設途中の橋を見つめ、ぽつり、と呟くノーマン。
コンラッドが不思議そうに尋ねると、ノーマンはいつもと同じ様子で軽くかぶりを振った。
「わっははははは! それにしても、姫様第一主義のお主が『
「いやあ、そうですかね」
愉快そうに笑うコンラッドに、どこか照れたように苦笑するノーマン。
コンラッドの言うとおり、彼はこれまでクローディアの命令には盲目的に従い、絶対的な忠誠を見せてきた。
だというのに、今回の正体不明の魔獣の一件ではクローディアの指示を無視し、それどころか彼女の師であるジェフリーを追い返そうとしているのだ。コンラッドはおろか、第二軍団の兵士全員がノーマンの行動と態度に驚いている。
そう……コンラッドをけしかけ、ジェフリーと決闘させて恥をかかせクローディアを失望させようと、裏で画策していたのもノーマン。
ジェフリーの予想外の実力に失敗してしまったが、ノーマンはなおも彼の排除を諦めてはいない。
そのために。
「第二軍団だけで魔獣を討伐すれば、あの男も用済み。すぐにギルラントに帰ることでしょう。殿下もこれで、あの男が必要ないことも、第二軍団こそがあの御方にとって必要なものであることも分かってくれますよ」
ノーマンは誰よりも魔獣討伐に固執する。
魔獣さえいなくなれば、ジェフリーもまた王都からいなくなるのだから。
「そういうことですからコンラッド軍団長殿、お願いしますよ? 殿下の命令を無視して
「分かっとるわい! なあに、あの程度の魔獣など、わしのバルディッシュの錆にしてくれるわ!」
右手を振り上げコンラッドは意気込むが、ノーマンはそこまで彼に期待していない。
確かに実力は白金等級の冒険者よりも上であり、下手をすれば黒曜等級冒険者の領域に足を踏み入れることができるかもしれないとも思っている。
だが、それでも前回魔獣が出現した際には取り逃がし、決闘ではジェフリーに敗北してしまったことも事実なのだから。
(まあ、そのために今回は万全を期しているんですけどね)
橋の建設作業を行う兵士だけでなく、いつ魔獣が現れてもいいように第二軍団の全てをこの場に投入している。
前回は作業に従事する最低限の兵士しかおらず、不意を突かれて態勢を整えることができなかったが、今回は違う。
王国軍第二軍団総勢二千。
たった一体の魔獣に後れを取ることなど、あり得ない。
「さあ……早く姿を現してくださいよ。さっさと倒してしまわないと、いつまでもあの男が王都に居座ってしまうんですから」
アイシス川を見つめ、ノーマンは待ちわびる。
その時。
「「「「「っ!?」」」」」
突然水面に浮かび上がった、巨大な影。
間違いない。あれこそが前回取り逃してしまった魔獣なのだと、兵士達の誰もが確信する。
「作業班、すぐに橋から下がれい! 狙撃班と防衛班は手筈どおりにするんじゃ!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」」」」」
コンラッドの指示を受け、兵士達が武器を構えて一斉に声を上げる。
水面から姿を現した瞬間、魔獣を仕留めるために。
だが。
「あ……」
橋を狙い、その巨大な身体を地上に晒した青鱗の魔獣を目の前にし、兵士達は声を失う。
それは、魔獣を討伐するのだと息巻いていたコンラッドでさえも。
「何をしているんです! 狙撃班、早く攻撃を仕掛けるんですよ!」
「「「「は……はっ!」」」」」
ノーマンの檄で我に返り、弓を構えていた兵士達は魔獣に向かって矢を放つ。
「き、効かない……」
「あの鱗が全部弾いてしまう……っ」
一本の矢すら魔獣の身体を穿つことができず、兵士達は
「鱗が邪魔で効かないというのなら、無駄に八つもある眼を狙うんです!」
「「「「「は、はっ!」」」」」
ノーマンが赤く染まる眼を指差して命ずると、兵士達は集中的に矢を浴びせた。
それでも矢は、ただの一本も赤い眼に命中しない。……いや、正確には赤い眼を捉えた矢が何本かはあった。
ただ、鱗もなく柔らかくて
それでも。
「……まあ、こうなることは予想していましたよ」
ノーマンは魔獣を
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