絶体絶命

「……まあ、こうなることは予想していましたよ」


 ノーマンは魔獣を見据みすえ、口の端を持ち上げた。


「むむっ! ノーマン、何を笑っておる! 早く何とかせんと、このままではこの前の二の舞じゃぞ!」

「ですねえ。……前回と同じなら」


 焦るコンラッドに適当に返事をすると、ノーマンはゆっくりと右手を上げる。


 すると。


「っ!?」


 青鱗の魔獣を取り囲むように現れた、十隻のガレー船。

 その船首には、巨大なバリスタが搭載されていた。


 さらには、川沿いに次々と展開する車輪のついた大きな建造物。

 攻城兵器として用いられる、投石器である。


「弓矢が効かないというのなら、さらに巨大な武器で仕留めるまでですよ」

「わしに内緒でこんなものを用意しておったのか!」


 まさかノーマンが用意周到に大型兵器を用意しているとは思っていなかったコンラッドは色めき立つが、それと同時に軍団長である自分が作戦を教えてもらえなかったことに複雑な気分になる。

 ただ、もしコンラッドがこのことを知っていたら、闇雲に大型兵器を使用することは明白だったため、あえて黙っていたノーマンのその判断は正しい。


「まあ、そのことについては全部終わってから謝りますから、軍団長殿も頑張ってくださいよ」

「当然じゃ!」


 バルディッシュを構え、今にも突撃しそうな勢いのコンラッド。

 そんな彼をなだめつつ、ノーマンは右手を上げると。


「バリスタ、投石器、撃てええええええええええええッッッ!」


 耳がつんざくほど大きな号令を上げ、バリスタから巨大な槍が、投石器から大小さまざまな岩石が放たれ、魔獣に狙いを定めて放たれる。


『ッ!?』


 さすがの魔獣もこれには驚いたようで、たまらず川の中へ潜るが、空を切り裂く槍と降り注ぐ岩石から逃れることができず、青い鱗へ次々と降り注いだ。


「ノーマン、あれを見てみい!」


 どうやらバリスタと投石機による攻撃は効果があったようで、魔獣が川の中へと潜った場所の水面に、数枚の青い鱗が浮かび上がる。


「わっははははは! やったわい!」

「いやいや、まだですよ。魔獣の死体が浮かび上がるまで、休みなく攻撃を仕掛けないと」


 はしゃぐコンラッドに釘を刺すが、ノーマンも無意識に拳を握りしめていた。

 ここで自分達が魔獣を討伐できれば、きっとクローディアはあの男ではなく、自分を見てくれる。そんな期待を胸に秘めて。


「さあ、魔獣が再び浮上する前に、射撃の準備を急いでください!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」」」」」


 こちらの攻撃が通用したことで、兵士達の士気も最高潮。

 既に勝利を確信したのか、兵士のほどんどが笑顔を見せていた。


 ところが。


「なっ!?」


 ガレー船の一隻が、突然川の中へ引きずり込まれる。

 考えるまでもない。あの青鱗の魔獣の仕業だ。


「魔獣は船が沈んだところに潜んでいる! すぐに照準をそちらへ合わせ……っ!?」

「「「「「うおおおおおおおおっ!?」」」」」


 今度は沈んだはずのガレー船が川の中から飛び出し、ものすごい勢いで投石器にぶつかり破壊されてしまった。


「く……っ! 船団と投石器は一旦退避! 退避だ!」

「何を言うか! 今こそ魔獣を倒す好機なんじゃぞ!」


 ノーマンの指示に納得のいかないコンラッドが、彼に詰め寄る。


「軍団長殿こそ何を言ってるんですか! 殿下の……あの御方の兵士を、一人たりとも無駄死にさせるわけにはいかないんですよ!」


 悔しそうに唇を噛み、ノーマンはコンラッドを押し退ける。

 だがこれは、決して兵士を気遣ってのものではない。


 自分自身や第二軍団をはじめ、王国軍は全てクローディアのもの。仕える彼にとって、ほんの僅かでも主のものに損害を与えるわけにはいかないのだから。


「ぬうううう! この程度で臆したか!」

「何とでも言ってください……って!?」


 退避するガレー船を一隻、また一隻と沈め、それを投石器へとぶつけていく魔獣。

 兵士達の悲鳴とともに、ものの五分も経たないうちに大型兵器は全て破壊されてしまった。


「くそ……っ! 川に落ちた者や負傷した者を救出! 残りは魔獣の攻撃に備えろ!」


 状況を見極め即座に指示を出すものの、対魔獣の切り札だった大型兵器を破壊されてしまい、なすすべがない。

 残る手は、この身一つで魔獣との決戦に挑むのみ。


「お主……まさか」

「……これだけ被害を出してしまったんです。殿下に内緒で今回のことを企てた僕が、おめおめと引き下がるわけにはいかないでしょう」


 片手剣を抜き、川縁かわべりへと歩を進めるノーマン。

 どうやら彼は、単身で魔獣に挑むつもりのようだ。


「待てい! お主が魔獣に敵うとは、到底……っ!?」

「あまり舐めないでください。僕も伊達に殿下の従者を務めているわけじゃないんですよ」


 ノーマンから向けられた強烈な殺気に、コンラッドは思わずたじろぐ。

 クローディアに認めてもらうために、そばにいるために、誰よりも磨き続けた剣術の腕。


 それは。


「っ! 来ましたね!」

『キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!』


 雄叫びを上げ、水面に顔を出す青鱗の魔獣に向けられる。

 八つの血塗られた赤の瞳を輝かせ、魔獣は周囲を見回すと……剣を構えるノーマンを見据みすえた。


 この男こそが、ほんの僅かとはいえ自分の身体を傷つけた不届き者なのだと認識して。


『キュオオアアアアアアアアアアッッッ!』

「シッ!」


 巨大な口を開けてのこぎりのような鋭い歯を見せ、青鱗の魔獣はノーマンへと襲いかかる。

 ノーマンは素早くかわし、その鱗で覆われた大木のように太い胴体に無数の斬撃を加えた。


 その剣速、体捌きに、コンラッドは思わず目を奪われる。

 ひょっとしたらこの男ならば、魔獣を仕留めることができるのではないか、そんな期待とともに。


 だが。


(……やはり堅すぎて、攻撃が全然通りませんね)


 攻撃をしたはずのノーマンの剣が刃こぼれをし、肝心の青鱗の魔獣は傷一つない。

 ならばと先程のバリスタと投石器によって損傷し、鱗が剥がれた部位を狙うが。


「そう簡単には、近づけさせてくれませんか」

『キュアアアアアアアアアアアアッッッ!』


 損傷部位を守るような位置取りをし、隙を見せない魔獣。

 このままでは、魔獣討伐はおろか傷一つつけることすらできない。


 どうしたものかと、策を巡らせていると。


「ぬおおおおおおおッッッ! 貴様の相手はこのわしじゃ! かかってこい!」


 バルディッシュを掲げ、コンラッドがノーマンの前に躍り出た。


「っ!? 軍団長殿、無茶ですよ! 退ってください!」

「何をぬかす! ……いいからわしが引きつけている隙に、あのき出しのところを攻撃するんじゃ」

「あ……」


 どうやらコンラッドは、自らをおとりにしてノーマンに託すことにしたようだ。

 思わず言葉を失うノーマンだが。


「……お願いですから、僕があいつを倒すまで死なないでくださいよ。あなたも殿下の大事ななんですから」

「わっははははは! 分かっておるわい!」


 豪快に笑い、コンラッドはバルディッシュを振り上げて青鱗の魔獣に突撃する。

 魔獣もコンラッドへ向け、巨大な口を開けて襲いかかった。


「ぬおおおおおおおおッッッ!」


 バルディッシュと全身を覆う重厚な甲冑、そして第二軍団随一の膂力りょりょくをもってかろうじて青鱗の魔獣の攻撃を食い止めるコンラッド。


「っ! その隙に!」


 ノーマンは損傷部位を目指し、地面を蹴って鱗が剥がれ落ちた部位目がけ、魔獣の身体に起死回生の剣撃を仕掛け……ることができない。


 何故なら。


「なっ!?」


 突如として目の前に現れた巨大な魔獣の尾によって、ノーマンはあえなく弾き飛ばされてしまったために。


「がはっ!?」


 地面に叩きつけられ、その衝撃でノーマンは息を吸うことすらできない。

 それでもなお剣を握りしめ、身体を動かそうとするが。


「は……は、は……」


 ノーマンの眼前には、捕食しようと口を開けよだれを垂らす、青鱗の魔獣の顔があった。

 視線を移すと、地面に倒れ気絶するコンラッドの姿も。


「これまで、です……かねえ……」


 飄々ひょうひょうとした声で呟くノーマンだが、表情は怒りや悔しさが滲み出ていた。

 何より……目の前の青鱗の魔獣は、確かに嘲笑あざわらっているのだ。


 策をろうしても歯が立たない、無力な自分達を。


 もうどうにもならないことを悟り、ゆっくりと顔を近づける魔獣の赤の瞳を見つめるノーマン。

 脳裏に浮かぶのは、彼の太陽……クローディアの面影。


「すみません……殿、下……」


 謝罪の言葉を口にし、ノーマンは最後の瞬間を待つ。


 その時。


『ッ!? キュアアアアアオオオオオオオオオオオッッッ!?』


 突如悲鳴を上げ、青鱗の魔獣が地面にのたうち回った。

 それを見て我に返ったノーマンは、痛む身体を起こして青鱗の魔獣を見る。


 そこには。


「……まさかこんなところに、中層・・の奴が現れるなんてな」


 分厚く重厚な片刃の剣を手にした、ジェフリー=アリンガムがいた。


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