お願い
「そ、その……さすがにそういうわけには……」
「……どうして? 黒曜等級冒険者のボクが保証人になるんだから、何も問題ないの」
ギルドの一階に降りてくるなり、アリスは職員に詰め寄る。
彼女の薦める部屋というのは、ギルドの三階にあるという空き部屋。
ただ、職員の困り果てた様子から察するに、アリスの言う空き部屋は、本来は空いていないか次の予定があるのかもしれない。
「……むう。だったらギルド長に話をつけるの。すぐに会わせて」
「は、はい! 少々お待ちください!」
職員は慌てて階段を駆け上がって行くが、その表情はどこか
アリスからの無理難題をギルドマスターに丸投げすることができて、ほっとしているのだろう。
そうして、待つこと数分。
「ア、アリス様、ジェフリー様、どうぞこちらへ……」
「……ん」
「す、すみません……」
戻ってきた職員に、ふてぶてしい態度のアリスとは対照的に、恐縮しきりのジェフリー。
彼もまたギルラントのギルド教官でありギルドに雇われる側の身。むしろ同僚と呼べる者に迷惑をかけることになり、彼は居たたまれないことこの上なかった。
「……王国軍の要請を受け、ギルラントからわざわざ王都まで来たのだ。ギルド本部は君を歓迎しよう。もちろん、部屋も好きに使ってくれて構わない」
「あ、ありがとうございます……」
執務室に通され、見るからに老年紳士なギルド長は部屋の貸与をすんなりと許可し、ジェフリーは呆けてしまう。
「だがアリス君、こういうことはこれっきりにしてもらいたい」
「……ん」
やはり黒曜等級の冒険者であるアリスの頼みだからこそ例外的に認めたようで、『本当にいいんだろうか』と、ジェフリーは申し訳なさで一杯になる。
「ではジェフリー君、部屋はあまり片付いていないため居心地が良いとは言えないが、そこは目を
「は、はい」
話は終わり、ジェフリーとアリスは職員に案内されて三階にある部屋へやって来ると。
「おお、悪くないじゃないか」
少々
「ジェフリー様。こちらが部屋の鍵になりますが……くれぐれも、職員や冒険者達に迷惑をかけるようなことはなさらないでくださいね?」
「も、もちろんです」
職員に鋭い視線を向けられ、ジェフリーは慌てて頷く。
やはり、あまりよく思われていないようだ。
「では、仕事があるので失礼します」
「ど、どうも……」
職員は持ち場に戻り、ジェフリーとアリスの二人きりになる。
「その、助かったよ。アリス」
「……ん」
少々強引ではあるものの、これはアリスがジェフリーのためを思ってやったこと。
その気持ちが嬉しかったジェフリーは、素直に感謝の言葉を告げる。
アリスは素っ気なく返事をしたが、口元はかなり緩んでおり喜びを隠し切れないでいた。
「さて、アリスも黒曜等級冒険者だから色々と忙しいだろ。あとは自分でやるから、俺のことは気にしなくて……」
「……今は何も依頼を受けていないから暇なの」
「そ、そうか……」
黒曜等級冒険者ともなると、通常は国家レベルの非常に困難な依頼を受けることが多い。
それを踏まえると彼女が依頼を受けていないとは到底考えられず、ジェフリーのために無理をしていることは明らかだった。
それでも、せっかくアリスが
「……それより、実は先生にお願いがあるの」
「お願い? 俺にできることなら構わないぞ」
どこか恥ずかしそうに告げるアリス。
不思議に思うも、この部屋のお礼もある。ジェフリーは彼女の願いを聞いてやろうと考えた。
「……ん。その……せ、先生と、手合わせをしたいの」
「俺と?」
アリスの意外なお願い。
教え子時代を含めても、彼女の扱う武器の特性もあり、実は二人は手合わせをしたことがなかった。
彼女を見ると、どこか覚悟と決意を秘めた表情をしている。
きっとアリスなりに、何か思うところがあるのだろう。
だから。
「……分かった。受けよう」
「……! あ、ありがとうなの!」
表情に変化の乏しいアリスだが、よほど嬉しいのか咲き誇る花のように顔を
「……なら、すぐに行くの!」
「ちょ!?」
ジェフリーの腕を取り、また先程のようにアリスは彼を引きずって部屋を飛び出す。
されるがまま彼女に連れていかれた場所は。
「へえ……地下にこんなところがあるんだな」
「……ん」
ギルドの地下には、かなり立派な闘技場があった。
おそらくは冒険者の訓練のために設置されたものなのだろうが、ジェフリーは『さすがは王都のギルド本部は違うな』と感心しきりである。
「……先生、すぐに始めるの」
背中に担いでいた弓を手に取り、アリスは矢を
(い、一応俺、
一年前まで教え子だったアリスだが、彼女は王都に来て僅か一年で黒曜等級にまで登りつめた
ジェフリーは教官としてのちっぽけな見栄と不安に挟まれ、情けないことを考える。
だが。
「…………………………」
アリスのアメジストの瞳を見て、思い直すジェフリー。
彼女が慕う教官でありたいからこそ、真正面から受けるべき。彼はそう思い直し、静かに剣を抜く。
そして。
「……行くの!」
アリスの小さな一言で、試合が幕を開けた。
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