小さな元教え子は少々強引

「……今のボクがあるのは、全て先生のおかげなの」


 冒険者ギルドの二階にある応接室で、アリスはカップを握りしめてしみじみと語る。

 一方のジェフリーはといえば、彼女を通じてギルドからあまりの厚遇を受け、居心地が悪そうにしていた。


 ジェフリーに声をかけた冒険者は、アリスの通報によりギルドに捕らえられ、尋問を受けている。

 どうやらあの男、ジェフリーを魔獣へのおとりにするつもりだったようだ。


 自分はともかく、新米冒険者や王都に来たばかりのよく分かっていない冒険者を食い物にするような行為をしたあの男に憤りを覚えるジェフリーであったが、ここから先はギルドの問題。これ以上触れるつもりはなかった。


「そ、それにしても、まさかアリスが王国十人目・・・の黒曜等級冒険者になっていたなんて、思いもよらなかったよ」


 今ジェフリーが受けているギルドからの接待も、全ては黒曜等級の冒険者であるアリスに配慮してのもの。いわゆるおまけみたいなものである。


「……それもこれも、先生の教えがあったからなの」

「い、いやいや。俺が教えたことなんて大したもんじゃないし」


 確かにジェフリーは、あの日・・・に弓の扱い方を教え、その後も教官として彼女には冒険者に必要な知識や技能などを教えたが、それでも黒曜等級冒険者になるには人間離れした実力と、何よりも結果・・が必要。

 アリスにはそれだけの才能があり、『審判の射手』という異名を持つまでに成長したのは全て彼女自身の努力の賜物である。


 そして何より、ジェフリーの冒険者時代の等級は黒鉄等級。

 既に冒険者としての地位は圧倒的に差をつけられており、ジェフリーは非常に居たたまれない気分だった。


 だが。


「……そんなことないの! 先生に教わったあの日々があったからこそ、今のボクがあるの!」

「お、おおう……」


 勢いよく立ち上がったアリスに顔を真っ赤にして否定され、ジェフリーは思わずたじろぐ。


「……まあいいの。先生が自分のことを過小評価するのは、今に始まったことじゃないし」


 半ば諦めた様子で、アリスはすとん、とソファーに腰を落とす。

 あの日・・・から父の仇を討つためにギルラントから王都へと移るまでの二年間で、アリスはジェフリーからたくさんのかけがえのないものをもらった。それがどれだけ彼女の支えになったか、ジェフリーは分かっていない。


 それに、最初から黒曜等級の実力を備えジェフリーの隣に立つことを望んだエマはさておき、クローディアは王国軍の参謀長を、アリスもまた黒曜等級冒険者になったことを考えれば、彼は間違いなく名伯楽といえるだろう。


 そのことを最も理解していないのは、他ならぬジェフリー自身だった。


「……ところで、先生は王都へは観光に来たの? それとも、ギルドのお仕事?」

「ん? ああ、そういえば言ってなかったな。ディア……アリスは期間が被っていないから知らないか。俺の元教え子が王国軍の参謀長を務めていて、その彼女からアイシス川の魔獣討伐を依頼されたんだ」

「……っ!」


 ジェフリーの説明を聞いた途端、アリスは再び勢いよく立ち上がった。

 教え子時代から表情の変化に乏しい彼女が、怒りの形相を見せて。


「お、落ち着け。一体どうしたんだ……?」

「……その女が、直々にボクのところにやって来て言ったの。『王命のため形式上は要請するが、魔獣討伐ごときに冒険者の力など必要ない』って。先生にお願いするなんて聞いてない」

「そ、そうなのか?」

「……そうなの。だけど、先生の説明で女の意図が分かった」


 慌ててなだめ、おずおずと尋ねるジェフリーに、アリスは眉根を寄せて親指の爪を噛む。

 クローディアの意図は分からないが、コンラッドの話でも彼女は冒険者を毛嫌いしているとのことだった。


 あのクローディアがどうして冒険者を嫌っているのか皆目見当がつかないが、いずれにせよ結構根深い事情があるのかもしれない。ジェフリーはそう思った。


「た、ただまあ、魔獣は建設中の橋を意図的に狙っているようで、ある程度橋が出来上がるまではやることがなくてな。それで俺は、一人で王都散策をしていたってわけだ」


 ジェフリーは少しでも空気を変えようと、そう言って肩をすくめ、苦笑した。

 エマに留守を預けて任せっきりでいるため、本音を言えばすぐにでもギルラントに帰りたいところだが、魔獣を討伐するまでは王都に滞在するほかない。


「……だ、だったら先生は、寝泊まりはどうしてるの?」

「それなんだよなあ……」


 おずおずと尋ねるアリスに、ジェフリーはがっくりと肩を落として答える。

 王都の相場を知った結果、野宿しか選択肢がない状況。そう……既に詰んでいるのだ。


 かといって、クローディアの世話になるわけにはいかない。

 もちろん自尊心というのもあるが、それ以上に彼女に世話になることを考えた瞬間、まるで蜘蛛の糸に絡め取られたにえになった感覚に襲われたのだ。


 それにクローディアは、彼女の両親……国王や王妃との面会を求めてきた。

 彼女にすがったが最後、絶対にとんでもない結末が待っているという予感が、思い留まらせている。


「……それなら魔獣を討伐するまでの間、どこか住む部屋を借りたらいいの」

「へ……?」


 アリスから出された提案は、ジェフリーにとって突拍子もないものだった。


「い、いやいやいや、さすがに部屋を借りるって選択肢はないだろ!?」

「……王都にある宿屋はどれもすごく高いの。その点、例えばギルドの空いている部屋を借りたら、かなり格安」

「おうふ」


 王都の宿屋の相場と彼女の薦める部屋の一か月の代金を見比べ、ジェフリーは変な声を漏らす。

 彼女の言うとおり、一か月という期間であれば宿屋よりも部屋を借りてしまったほうがはるかに安い。


 だがジェフリーの安月給では、部屋を借りることすらも不可能だった。


「せ、せっかくの提案だが、もう少し考えて……」

「……そうと決まれば善は急げなの。すぐに交渉に行く」

「おわっ!?」


 何故か妙にやる気のアリスは三度勢いよく立ち上がると、ジェフリーの腕をつかみ引きずるように応接室を後にした。

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