成長した姿
「……行くの!」
アリスの小さな一言で、試合が幕を開けた。
だが。
(まあ、そうなるよな)
一気に後方に飛び退き、ジェフリーと距離を取るアリス。
彼女の得物が弓である以上、接近戦で闘うなどあり得ない。長い距離を稼ぎ、一方的に放つ矢で敵を仕留める。それこそが弓使いの戦い方だ。
このことを教え子時代に事あるごとに教えていたのは、他ならぬジェフリー。今もそれを守ってくれているようで何よりと思いつつ、黒曜等級冒険者なのだから当然だとも思う。
いずれにせよ、冒険者として成長したアリスの姿に、ジェフリーは試合中だというのに頬を緩めてしまった。
「……む。油断禁物なの」
「っ!?」
充分な距離が確保できたと見るや、アリスは
矢はものすごい速さで空気を切り裂き、ジェフリーへと襲いかかる。
「っと。やるなあ……」
眉間、喉、左胸への狙いすました射撃を
試合とはいえ、これは真剣勝負。一歩間違えれば大怪我どころか、命さえ奪われかねない。
しかもアリスは、ジェフリーに胸を借りるつもりで、手加減など一切なかった。
ジェフリーは気を引き締め、目の前の彼女に集中する。
一方のアリスも、初撃とはいえ確実に仕留めるつもりで矢を放った。
それを最小の動きで
自分の尊敬する人は、今も変わらず強く素晴らしい人であることを。
「……次なの」
「来る!」
矢を
ジェフリーも的を絞らせないように広範囲に動いてみせるが、それを予測するかのように矢は狙いすましてジェフリーを捕捉する。
(ふう、思ったより厄介だな……)
通常の矢であれば、ジェフリーも剣で弾き飛ばし、徐々に距離を詰めて試合を有利に運ぼうとするだろう。
だがアリスの弓は特別。鋼鉄を幾重にも張り合わせた剛弓から放たれた矢は、下手に触れれば逆にジェフリーの剣が弾かれ、隙を与えることになってしまう。
それを誰よりも分かっているのは、かつてアリスの教官だったジェフリーだ。
「……先生には絶対に近づかせないの」
「悪いがそういうわけにはいかない」
どれだけアリスの弓がすごかろうが、ジェフリーの得物が剣である以上は接近戦に持ち込むしかない。
ジェフリーは最小の動きで次々と放たれる矢を
その時。
「っ!? 後ろから!」
「……惜しいの」
矢を逆に
「……どんどん行くの。先生、覚悟して」
「うおっ!?」
アリスの言葉どおり、次々と矢が放たれては、後方からだけではなく左右からも矢が迫る。
しかも正面の矢は相変わらず正確にジェフリーを狙っており、
だというのに。
「ははっ」
ジェフリーは嬉しそうに笑う。
あの父親の形見の弓を引くことができなかった教え子の、成長した姿を見ることができて。
こうして自分の教えを実践し、容赦なく牙を向けてくる教え子と試合をすることができて。
とはいえ、このまま
もちろん、持久戦に持ち込んでアリスの矢が尽きるのを待つ方法もあるが、彼女がそんな結末を求めていないことも分かっている。
何より、教え子の思いに応えたいジェフリー自身が、それを許すつもりもない。
だから。
「……ん! それでこそ先生なの!」
アリスの矢をかいくぐり、地面を蹴って一気に距離を詰めるジェフリー。
剣が届く距離には程遠く、むしろアリスの矢を
それでも、ジェフリーは矢を
彼女の放つ矢はほんの少し
僅かな失敗も許されない緊迫した状況の中でも、ジェフリーは剣の届く範囲残り半歩というところまで迫る。
その時。
「……ん。ボクの勝ちなの」
――アリスは
「っ!?」
あと半歩分踏み込もうとしたジェフリーよりも先に、アリスがさらに一歩踏み込む。
気づけば弓のリムを持っており、まるで打撃武器のように袈裟斬りにジェフリーの左肩へと振り下ろした。
これこそが、ジェフリーのもとを離れ冒険者として過ごす中で身に着けた、対接近戦用の秘技。
鋼鉄を幾重にも貼り合わせた弓を枝葉のように振るうアリスの
これまでにこの技を使用したのは、二人のみ。
そのいずれもが、鋼鉄の弓の餌食となっている。
そして今、三人目となったジェフリーも同じ末路を
はず、だったのに。
「悪いがそれは
「……っ!?」
必殺必中の攻撃を、ジェフリーは見事な体捌きで身体を反転させて入れ替え、鋼鉄の弓は空を切る。
気づけばアリスの首元には、彼の重厚な剣の刃が添えられていた。
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