家出少女は救われる
七年前に王都ロンディニアからここギルラントへやって来たクローディアは、当時は弱冠十五歳の新米冒険者だった。
ジェフリーが初めてギルドでクローディアを見た時、彼女は誰ともパーティーを組もうとはせず、いつも一人で黙々と依頼を受けていた。
見かねたジェフリーは教官として自ら彼女の教育係を買って出るも、一向に心を開こうとしないクローディア。
おまけに彼女、困ったことに一般常識がかなり欠如していた。
きっと彼女は、どこかの良家のお嬢様だったのかもしれない。
そんなことを思いながらも、ギルド教官として冒険者を易々と死なせるわけにはいかない。ジェフリーは根気よくクローディアの指導に当たる。
二人の関係に変化が訪れたのは、彼女がギルラントに来てから三か月目のこと。
いつものようにジェフリーがクロム=クルアハ山へ見回りに出て不在にしていた隙に、クローディアは単身で禁忌の森の中へ入って行ってしまった。
指導に当たり、禁忌の森へ足を踏み入れてはならないと、事あるごとに忠告していたジェフリー。
いつもは彼の話を無視するクローディアも、禁忌の森に関してだけは素直に耳を傾け、頷く姿勢を見せていた。
だがこれは、ジェフリーに邪魔をされないための演技。
そう……クローディアは最初から、禁忌の森に入るつもりだったのだ。
確かに彼女は新人……一番下の等級である青銅等級の冒険者だが、同年代の他の冒険者と比べ、戦闘能力だけでなく知識や
その実力は、一人前の冒険者の証である黒鉄等級……いや、銀等級はおろかギルラントにも数人しかいない金等級に匹敵すると言っても過言ではない。
生来の性格や生まれ育った環境などもあったのだろう。
クローディアは己の力に慢心し、教官になる前は黒鉄等級の元冒険者に過ぎなかったジェフリーのことを、大して実力もなくうだつの上がらない、取るに足らない男だと見下していた。
そんなジェフリーが、禁忌の森のその先にあるクロム=クルアハ山へ一人で見回りに行ったのだ。なら、彼よりも実力が上の自分が禁忌の森の奥に向かったところで、何の危険があるというのだろうか。
だからこそ彼女は、ジェフリーやギルドの指示を最初から守る気などさらさらなく、無警戒で禁忌の森の奥へと足を踏み入れた。
その時。
「っ!?」
現れたのは、高さ五メートルを超える、蛇の尻尾を持つ鶏の怪物。
――白金等級指定魔獣、コカトリスだった。
冒険者と同じように、魔獣にも脅威の度合いによって等級が与えられている。
そう……つまり白金等級に指定されているコカトリスは、同じ白金等級の冒険者と同等以上の脅威とみなされているということ。金等級相当の実力でしかないクローディアでは歯が立たない。
しかも、クローディアが対峙したコカトリスはどうも様子がおかしい。
コカトリスの目は金色なのだが、何故かこのコカトリスは赤い眼をしているのだ。
まるで、血塗られているかのように。
(どうする!? どうする!? どうする!?)
クローディアは剣を構え、頭の中で打開策を見出そうと必死に考えるが、何一つ手立てが浮かばない。それどころか、突然の遭遇によりまともに思考することすらできなかった。
ただでさえそんな状態の彼女に、格上の存在を相手になどできるはずもない。
さらに。
「も……もう一匹……っ」
木の陰からのそり、と首を
同じく赤色に輝くその凶悪な瞳は、捕食対象であるクローディアを
そう……彼女が足を踏み入れた禁忌の森において、力の及ばない弱者はただ彼等の空腹を満たすだけの
そのことを示すかのように、二体のコカトリスは醜悪に
まるでクローディアを、『わざわざ自分から食われに来たまぬけな餌』だと言うかのように。
「あ……あ、あ……」
甘かった。愚かだった。
自分の力を過信し、生まれた時から定められていた人生が……どうにもできない理不尽が嫌で、用意周到に全寮制である王立学院から抜け出したクローディアは、ほんの数分後に訪れる死を目の当たりにし、ようやく自分の過ちに気づく。
だが、後悔してももう遅い。
ここはギルラントの冒険者達が決して訪れることのない禁忌の森。誰かがここに現れ、ましてや助けてくれることなどあり得ないのだから。
その、はずなのに。
「ハア……なんで俺の言うことを聞かないかなあ……」
「え……?」
背中越しに聞こえた、溜息混じりの気だるそうな声。
クローディアは、まさかと思い振り返る。
そこには。
「まあ、無事で何よりだ」
「あ……あああああ……っ!」
三か月の間、ずっと見下し続けていたギルド教官、ジェフリー=アリンガムがそこにいた。
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