元教え子との再会

「早く着かないかなあ……」


 ギルラントを出発して今日で六日目。ジェフリーは車窓から代わり映えしない景色を眺め、思わず心の声が漏れてしまう。


「ご安心ください。もう間もなく到着します。ジェフリー殿を歓迎するために、王都では出迎えの準備をしているとの報告もありました」

「いつの間に!? というか出迎えって何!?」


 まだ緊張はするものの、この道中で少なくともカイラの目を見てくだけた会話ができるようにはなったジェフリー。

 こんなツッコミができる程度には、それなりに免疫もついたようだ。


 だが代わりに、カイラは隙あらば想定外の予定を組み込んできた。

 出迎えの話もそうだが、魔獣と対峙したという第二軍団との面会はもちろんのこと、王国軍を統括する参謀長への謁見と王都内の視察など、いつの間にか行事が目白押しになっている。


 もちろんジェフリーは必要最低限以外は全て断ったものの、カイラはその場では頷くばかりで実際には何一つ変更されていない。

 こうやって新規に予定が組み込まれる際に、断ったはずの行事とスケジュール調整をしている時点でお察しである。


「ご心配なく。ジェフリー殿には私がお伝えしたとおりにしていただければ、あとはこちらでよしなにいたしますので」

「俺はよろしくないんだが」


 一事が万事噛み合わない会話に辟易へきえきし、ジェフリーは車窓から景色を眺めていると、目の前の丘の先からのぞかせる高くそびえ立つ城壁の先端が視界に入ってきた。


「あれは……」

「はい。あれこそが王都ロンディニアの誇る難攻不落の城壁です」

「おおー」


 実はジェフリーは二十八年の人生の中で、王都を訪れるのは初めてだった。

 辺境で暮らす田舎者であるため、早く帰りたいという思いが強くはあるものの、せっかくなので王都を散策するつもりでおり、かなり楽しみにしていた。


「予定より一日早く到着したため少々準備を急いでいるようですが、問題ないでしょう」

「じゅ、準備って?」

「先程申し上げたではないですか。ジェフリー殿を迎える準備です」

「おうふ」


 冗談であってほしいと願い、それとなく尋ねた結果、やはり冗談ではなかったことにジェフリーは変な声を漏らした。

 これからジェフリーは、この日王都にいる人々の中で一番恥ずかしい思いをすることになるのだ。


「あちらをご覧ください」

「な……っ!?」


ゆっくりと近づく王都の城門の前に整然と並ぶ大勢の兵士達。

あれが全てジェフリーを歓迎するために用意されたのだと思うと、思わず吐きそうになる。


「ややや、やっぱり王都には行かない! 俺は帰る! 帰るぞ!」

「そのようなことをおっしゃらないでください。ここでジェフリー殿を帰してしまっては、私は厳罰を言い渡されてしまいます」

「その言い方はちょっと卑怯じゃないか!?」


 自分のせいでカイラが罪に問われると言われてしまえば、どうすることもできない。

 ジェフリーは恨みがましい視線をカイラに向けつつも、大人しく受け入れるほかなかった。


 そして。


「ジェフリー=アリンガム殿……王都ロンディニアへようこそお越しくださいました」


 居並ぶ兵士の間から現れた、軍服にロングのサーコートを羽織った一人の女性。


 少し癖のある金色の長い髪を後ろで結い、印象的な琥珀色の瞳は清廉と高貴、意志の強さをたたえていた。

 目鼻立ちも非常に整っており、紅い口唇は思わず魅了されてしまいそうになる。


 背は高く、一七六センチあるジェフリー以上……おそらく、一八〇以上はあると思われるが、女性としての魅力は少しも損なわれていない。……いや、むしろ魅力にあふれていた。


 そう……この女性もまた、驚くほどの美女。

 下手をすればエマやカイラすらも凌駕するほどの。


「う、嘘だろ……」


 そのような絶世の美女を前にして、ジェフリーは指を差しながら驚愕の表情を浮かべていた。失礼にも程がある。

 だが、彼がここまで驚いてしまうのも仕方がないというもの。


 眩しいほど美しい女性だから? 違う、そうではない。

 驚いているのは、目の前の女性が既知の人物だったから。


「ま、まさか……〝ディア〟、なのか……?」

「! お……お久しぶりです! 先生!」


 凛とした絶世の美女は琥珀色の瞳に涙をたたえ、まるで可憐な少女のように咲き誇るような笑顔を見せた。


 ◇


「改めて自己紹介を。アルグレア連合王国軍参謀長、〝クローディア=レクス=アルグレア〟です」


 王国軍参謀本部へと案内され、クローディアは笑顔で右手を差し出す。

 ジェフリーは恐縮した様子でおずおずとその手を取り、握手を交わした。


(き、聞き間違いでなければ、ディアの名前に『アルグレア』が含まれていたんだけど……は、はは、まさかな)


 この王国の名である『アルグレア』の姓を名乗れるのは、王家の血を引く者のみ。

 つまりクローディアは王族ということになるのだが、彼女のことを知るジェフリーはとても信じられなかった。


「ジェフリー殿、あなたがご想像されたとおりです」

「おうふ……」


 親切心なのか、それとも頭が高いとでも言いたいのか、カイラが後ろからそのように耳打ちし、ジェフリーは変な声を漏らす。

 やはり目の前の彼女は、この国の王族だったのだ。


「カイラ、よくぞ先生を王都まで連れてきてくれた。この功績には第一等の勲章を授けることで応えたいと思う」

「ありがとうございます」


 たかが辺境にある冒険者ギルドの教官を王都に連れて来るだけで、どうして勲章がもらえるというのだろうか。さすがに越権行為かつ公私混同が過ぎる。


 すると。


「ええと……殿下のお知り合いのようですが、どのようなご関係で?」


 クローディアの後ろに控えていた、茶色の髪の切れ長の目をした軍服を着た男性が尋ねる。

 身長はジェフリーより少し低く一七〇前後と思われるが、均整の取れた顔をしており、美丈夫と言って間違いではない。


「ああ、先生は私がギルラントで冒険者をしていた頃の教官なんだ。今でも私は、あの日・・・のことが忘れられない」


 そう言うと、クローディアは顔をほころばせた。

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