第十五章 罰は対戦を面白くする最高のスパイス。にゃん☆
「――やるやないけぇ! さくらぁッ! あたしのエリアル途中で抜けたのあんたが久しぶりやッ!!」
「やんっ、さくにゃんが頑張って覚えた十連全部防がれるのも会長だけですよ~☆」
……夜も九時を回り、通算三十試合目になるチーム戦。
中州端会長と天宮先輩の大将戦は距離とタイミングを計る高度な応酬となり、白熱を極めていた。
「つってもう何回目っすか、この二人のやり合い」
「ん~……結局ウチらが小競り合いしたところで二人の順番回ってきたら秒殺されちゃうから、意味あるんか? って気はするっすよねぇ~」
コントローラーを握りディスプレイ前に座る二人の背後、俺たち敗退者はテーブルを囲み、買ってきた菓子、酒やジュースを摘まんでいる。
「エリアルってなんですか?」
「く、空中コンボのことだ……あ、上げてから繋げるヤツ……あ、あんま、3D格ゲーだと言わないけどな……」
俺が訊くと、ぐっと缶ビールを呷ってから市ヶ谷先輩は答えた。
人気格闘ゲーム『闘拳』によるサークルチーム戦大会。メンツはちょうど六人で割れた――が、ほぼ初心者に近い矢木内、俺。そこそこできる市ヶ谷先輩と朝倉先輩。その四人が束になっても敵わない中州端会長と、会長と唯一まともに戦える天宮先輩。
必然的に、並外れた実力の二人を最後に据え置き、前座での対戦で勝ち上がった者がほんのわずかでも大将の体力を削ることで勝率を上げる、という形ができあがっていた。
「いやでも意外と面白いですよ。俺と矢木内はやったことないから、予想外の動きで会長の体力削れたりしますし」
「あ~素人あるあるっすねぇ~。一撃当てたかどうかで、その後の勝敗にも響きますもんねぇ」
スナック菓子の袋に手を突っ込み、口に投げ入れながら朝倉先輩が言う。
画面では互いの体力ゲージが半分を切ったところで距離が空き、両者フェイントをかけつつ隙の探り合いが続く――と、会長の操るキャラが一歩間合いに入り、下段からの上げ技を決めた。
「くっ……つっ……あっ……よおぉぉぉしっ! とったわぁぁぁぁぁっ!!」
「あ~負けちゃったぁ~(m´・ω・`)m ゴメン…」
コントローラーを床に叩きつけ、立ち上がって吠える会長。天宮先輩は眉毛をハの字にしてしょんぼりした仕草をする。
「あれ……下の階から苦情来ないんですか?」
「ま、前にアメリカ人住んでた時に何度か言われたが……中州端と、その度に言い合いになってよ……さ、最終的に〝日本人は隔日でパーティやるファッキンクレイジーどもだ!〟つって出て行ったよ……そ、その頃は中州端もプロ活動中で、大学に行くよりうちで闘拳稽古やってる時間の方が長かったからな……」
「会長はオーバーツーリズム責められないですね……」
「おらっ! 買ったどぉっ!! お前らウオトカショットで一杯ずつなぁ~!!」
「うへぇ~勘弁してくださいよぉ~」
「お、俺は未成年なので……」
「ならまみ! 責任持って後輩の分まで空けんかいっ!!」
「いやいやいや! こーいうことするから大学生の間で急性アルコール中毒が絶えないんですよ~。アルハラはんたーい!」
「じゃかしい! モラルなんぞクソ喰らえじゃ!! だいたいそんな甘い根性だから強くならんねんっ! 自分じゃ飲めん言うならなぁ――あたしが口移しで言ったらっ!!」
何故か自分が負けると戒めるが如くウオトカをショットグラスで飲み続けた中州端会長の目は据わっている。ボトルを掴みぐいと口に含むと、そのまま朝倉先輩に襲い掛かった。
「んん、んんんんんん~ッ!(おらっ、さっさと口開けんかいッ!)」
「やぁぁぁぁぁぁ! BLは好物ですけどウチに百合属性はないっすよぉぉぉぉ! マジ勘弁してくださいぃぃぃぃぃっ!!」
朝倉先輩の両手を抑え込み、中州端会長はじりじりと唇を近づける。
「やぁだぁ~お~か~さ~れ~るぅ~!!」
「おお、眼福……」
まじまじとそれを眺める矢木内――の横から、猫の如くするりと天宮先輩が会長に近づき、耳を、はむっ! と甘噛みした。
「――ぶはっ! やははははははははははっ! アホっ、やめんかいさくらっ!!」
「ぎゃああああ! 顔射ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
吹き出した会長のウオトカをまともに顔で受けて絶叫する朝倉先輩。
天宮先輩はにっこり笑って立ち上がると、壁際に置いたレースベルトのミニリュックを手に取った。
「それじゃあ宴もたけなわのようですしぃ~。。さくにゃんはそろそろ失礼しますねっ☆」
「何やとさくらッ! お前帰ったらおもろないやんっ! 朝までやろうやっ!!」
「もぉやだぁぁぁ! やめるぅ! まみぃ、こんな変なサークルやめるぅぅぅぅ!!」
「あんやとコラッ! まみ辞めたら誰が他のもんのフォローすんねん! そんなんいうなら辞められんカラダにしたるぞぉっ!!」
「大丈夫っすよ、まみさん! 何つーか、こう、エロいっすから! こう、とってもエロいっすからっ!!」
「あはははは。頑張って、まみまみ☆」
フォローの余地なしバカ二人とその被害を受ける朝倉先輩に罪のない微笑みを向けてから、天宮先輩はこちらを振り向いた。
「じゃ、またね。コーイチせんぱい――暁くん☆彡」
大きく開かれた、マスカラや化粧のせいでより黒く映える瞳。俺は目を逸らさなかった。
「はい。おやすみなさい」
「じ、じゃあな……」
ぱたぱたと玄関へ向かい、もう一度こちらを見て手を振ると、天宮先輩は部屋を出て行った。
「い、いいのか……?」
ぐびり、と缶ビールに口をつけ、市ヶ谷先輩が訊く。
「た、橘ってやつのこと、訊かなくて……」
「はい」
俺はファンタグレープのペットボトルを手に取った。
「天宮先輩が考えてることはまだわからないです。……だけど、あの人が橘右京に近づいた理由は見えてきました」
言ってファンタを飲む。炭酸と過度な甘みが疲れてきた頭に沁みる。
「だからもう少し――橘右京と直接話してから、踏み込んでみようと思うんです」
「そ、そうか……」
頷いて、市ヶ谷先輩は右掌で自分の頭を撫でた。
「……よ、余計な世話かもしれないけどよ…………慎重にな。……ひ、人には……触られたくないことって、あるからな……」
「はい」
突っ走りがちな俺には貴重な助言である。意外に人を見ている市ヶ谷先輩の忠告を胸に刻み付けた。
「よっしゃ! ほんじゃあお前持ちキャラ十あたし一で勝てたらまみのチビの割にでかい胸を揉みしだいてええでっ! あたしが保証したるっ!! ――だけど、負けたら今度こそウオトカ倍プッシュなっ!!」
「マジっすかぁ!! 待っててくださいまみさん! 闘拳皇に俺はなるっ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ! どっちが勝っても絶対ウチがイヤな思いするんでイヤですぅぅぅぅぅ!」
泣き叫ぶ朝倉先輩を背に、いつになく必死な表情で闘拳に臨む矢木内と薄ら笑いの会長。
見なかったことにして……俺は目を落とした右掌を軽く握った。
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