第十四章 ネットの海に過去は眠る。にゃん☆
立ち上がったPCからプラウザを開き、〝橘右京〟で検索する。ただし、今回はスペースを挟んで〝キックボクシング〟と付け加えた。
「……やっぱ上に出てくるのは前見たのと同じモデル雑誌のサイトだな……あ」
矢木内のつぶやきを聞き流し画面をマウスでスクロールしていくと、ある格闘技イベント団体のサイトが目に入った。数年前までサブスクの動画サイトで〝立ち技成り上がり最強〟を銘打ち、トーナメント戦などを配信していたところだ。
「あー、これ一時期流行ったよなぁ。OSG(アウトサイド・ストライカー・グロウ)、だっけ? まだ名前の知られてない若手を見つけて戦わせて、勝ったヤツを支援するっていう」
「お、俺は見たことないな……ゆ、有名になった選手とか、いたのか?」
「ユーチューバーとかで知ってる人がたまに出てましたけど、ここで優勝してブレイクした選手は知らないなぁ」
うしろでそんなことを話す市ヶ谷先輩と矢木内。リンクをクリックし、俺はサイトを表示させた。
更新日時は今から三年前で停まっている。橘右京の名前があるのは、それからさらに一年ほど前の記事だ。
「資金繰りで煮詰まって、今は興行も動画の配信も停止してるんだっけ? 暁はよく見てたの?」
「天宮先輩に見せられたことがある。キックボクシングだが、いい動きをする選手がいるって」
当時の記憶を思い起こしながら、画面を動かす。最初に出たのは行われたトーナメント表。その下に画像と優勝した選手について書かれた記事がある。
「OSGプレゼンツ、第一回高校生最強決定日本立ち技トーナメント……え、この上まで上がってきてるのって、あの橘右京か?」
身を乗り出して、矢木内が画面を覗き込む。
画像はリング上で相手にパンチを当てる橘右京のショット、ローキックでダウンを奪ったシーンもある。
試合中で画質はやや粗いが、確かに顔は似ている。前髪を上げて表情が険しいので印象が大分違うが、おそらく本人だ。
「た、確かに、これはでかい画面じゃないとわかりづらいな……」
「ええ……あいつこんなの出てるヤツだったの? セミプロ格闘家みたいなもんじゃん。アマチュアに手ぇ出しちゃあいかんでしょ」
若干引いたように矢木内が言う。
俺は写真の橘右京の顔をじっと見つめ、それからまた画面をスクロールさせ、優勝した直後、ファイティングポーズをとりカメラ目線で撮られたものを表示させた。
「あ、やっぱそうだよ、これ。間違いない!」
『タイ遠征支援獲得! 飛べ、未来の世界王者!』と書かれたパネルを足下に、橘右京は弾けるような笑顔を浮かべている。
見覚えのある笑顔――だが、そこから発する雰囲気は異なる。
それは四年前なので幼く見えるとかいったことではなく、実際に顔を合わせた彼の表情には仮面のような冷ややかさがあった。
今、ここに映る橘の笑顔は自信と意欲に満ちている。自分の可能性と力を信じて、どこまでも上っていけると確信している顔だ。
……いったい、何があった?
俺は検索画面にページを戻して、他の結果を参照する。
重複するものが多く、それもほとんどが当時SNSでつぶやいた何気ないコメントと摘まんだような記事だ。彼のその後について書かれた話題はない。
「……これ以上、扱ってるところはないか……」
俺は手を止め唇を噛んだ。試しに彼がかつて所属していたジムも検索してみたが、橘に触れることは書かれていない。所属していた痕跡も見当たらなかった。
「タイ遠征支援ってことは、向こうに格闘技留学してたってことだよな。……それからキック・ボクシングも辞めちまって、うちの大学に入学したのか?」
今の彼の状況を見るにそうなのだろう。しかしそこそこネームバリューのある大会で優勝し、有望と見られて遠征までして辞めるのにはそれなりの理由があると思うのだが。
「……し、調べてみるか?」
俺が考え込んでいると、市ヶ谷先輩がぼそりと言った。
「でも、検索してもこれしか情報が出ないんじゃあ」
「……い、一応、情報検索用の専用プラウザあるからよ……ふ、普通の検索エンジンじゃ見つからないトコロでも、掘り返せるかもしれないぜ……」
市ヶ谷先輩は開いていたタブをすべて閉じ、違うプラウザを立ち上げた。
それから見たことのない検索サイトページを開き、〝橘右京〟〝タイ遠征〟と入力し、出てきた匿名掲示板サイトの会話が書かれた表示をクリックした。
名無しのストライカー
035
そいや一昨年くらいにさ、OSGの大会で優勝してタイ行った高校生いたよな
あれってどうなったんだろ
名無しのストライカー
044
>>35
二年経って名前聞かない時点でお察しだろ
名無しのストライカー
056
>>35
いたな
けっこういい試合してたし、久しぶりに日本勢がラジャかルンピでベルト取
れるかと思ったんだけど
名無しのストライカー
079
>>56
知ったようなこと言ってて草
タイトルは無理だろ
せいぜいランカー止まり
……不毛な会話が続く。俺は怪訝な気分で目を細めた。
「どうでもいいことしてか言ってなくないっすか?」
内心、俺が思っていたことを代弁するように矢木内が言う。
「ま、まあ、もう少し見とけ。こ、こういうトコでダラダラ話してるヤツらって、謎な裏情報持ってたりするんだよ……」
会話を読み飛ばしながら画面を素早く下っていく市ヶ谷先輩。
その移動が突然止まり、ニヤリと笑い、市ヶ谷先輩は画面を指した。
「こ、これ見ろよ……」
俺と矢木内はディスプレイに映る文字列を見つめる。
名無しのストライカー
130
俺のジムの先輩がタイ修行行った時見たらしいんだけどさー
田舎のスタジアムで試合出てて、タイ人とやってるトコ撮影したんだけ
ど…
→ https://--------------.mp4
書いてあるURLは動画のようだ。市ヶ谷先輩は何やら操作し、「ウ、ウィルスとかマルウェアは大丈夫そうだな……」とつぶやいた。
「……み、見るよな?」
つい矢木内と顔を見合わせ、それから俺は頷いた。
「――お願いします」
カチッと、市ヶ谷先輩はリンクをクリックした。
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