第十三章 エロ画像作る暇あるなら人と話す努力しろ。にゃん☆

 

 市ヶ谷先輩が住んでいるアパートは大学敷地内から裏道を抜け、住宅地に通ずる坂道を十五分ほど上ったところにあった。

 坂に沿って並ぶ富裕層の家族が住んでいるであろう大型民家の中、向かい合って立つ二対の建物。部屋は一階と二階に各一室ずつだけで、真新しい、学生には不似合いな高級アパートである。


「失礼しまーす」

「お、おう……」


 先輩が入居しているのは手前にある方の二階だった。ドアを開け、迎えてくれた市ヶ谷先輩に一礼し、矢木内に続いて部屋に上がる。


「これ、飲み物とか乾き物とか。アルコール類は会長が買ってくるんですよね?」

「お、おお。……あ、ありがとな」


 リビングにあるテーブルの上にコンビニ袋を置くと、俺は室内を見回した。

 間取りはキッチンに繋がるリビング、それに部屋が二つ。風呂トイレは別。

 部屋の片方は寝室として使っている和室で、もう片方のフローリングには巨大なディスプレイとタワー型PC、増設された機器類が室内の半分を埋めている。


「ひろっ! 何すかこれ、学生が住んでいいトコじゃないっすよ! 先輩もしかして親御さん金持ちっすか!?」


 興奮した様子で言って、矢木内はPCが設置された部屋を覗き込んでいる。


「お、親は一応、経営者だけどな……ど、どうせ勉強するなら、ある程度環境は整えた方がいいって言うから……」

「このゴツいパソコンやべーっすねっ! 何に使うんすか?」

「せ、生成AIやるからな……じ、GPUとか、ある程度のスペックは必要だし……や、安物だとディープラーニング中に出火の危険もあるし……」

「え、じゃあ画像生成とかも?」

「お、おう……まあな……」


 不意に矢木内は真剣な表情を浮かべ、さささ、と市ヶ谷先輩のそばに近づいた。


「それって――エロいのもっすか?」

「そ、そりゃお前……コツはいるが、作りたい放題だよ……」


 前髪の奥にある目を光らせ、市ヶ谷先輩はいつになく自信に満ちた声で言った。


「が、画像だけじゃなくな……い、今挑戦してるのは長編動画で、最終的には出演者のいないイメージビデオやAVを作って……お、男の夢の可能性を、どこまでも追求できるプログラムを書きあげるのが俺の目標なんだ……!」

「先輩……俺、先輩のことただの暗いヤツだと思ってました。すみません――あんたは神への挑戦者だっ!!」

「い、いいんだよ……いいんだよ……」


 矢木内は感涙を流し、市ヶ谷先輩はうんうんと頷き手を取っている。


 ……いや、俺も男だから気持ちはわからなかないが、そんなにもか?


「闘拳大会って、毎回先輩の家でやってるんですか?」


 この光景を見せられ続けるのはイヤなので、俺は話題を変えようと話を振った。

 市ヶ谷先輩は今までに作った画像をフォルダリングしたというファイルを矢木内に渡しながら、俺に顔を向ける。


「あ、ああ……お、俺んちが一番広いし、ディスプレイもでかいからって……」

「――おいすげぇよ暁!! これマジでモノホンのギャルと区別つかねぇ!! いやぁ~技術の進歩ってのはすごいねぇ~!!」


 玩具を与えられた子供のようにはしゃぐ矢木内へ蔑んだ目を一度向け、俺は市ヶ谷先輩に視線を戻す。


「会長がいつも企画してるんですか?」


 新歓の時に聞いた自慢話にあった。この辺りのゲーセンじゃあたしに敵うヤツはおらへんわっ! などと、鼻息荒く語っていた。


「そ、そうだ……あ、あいつ、元プロゲーマーなんだよ。……こ、高校の時に大会で優勝して、スポンサーもついてたんだけど、暴言がコンプライアンスに引っかかってクビになったって……」

「……ああ、そうなんですか」


 確かに倫理観を疑う発言は多かった。暴言吐くし、下品だし。


「こ、コアなファンは一部にいたみたいだけどな……。そ、それはともかく、元プロだから当たり前だけど大会はいつも中州端の一人勝ち……は、ハンデ付けて、八対一とかでやっと勝負になる感じ……」

「それで会長は楽しんですかね?」

「た、楽しいみたいだぞ……ま、負けた相手を罵って、悦に至るのが趣味だから……」


 畜生の上に、ドSかよ。


「何でそんなクソみたいなイベントに付き合ってるんですか」


 つい本音が出てしまった。市ヶ谷先輩は顔を背け、横幅のある身体を丸くしながら、


「……お、俺……友達いないからさ……」


 と、囁くようにつぶやいた。


「…………すみません」


 聞いたことに若干の罪悪感を感じて、俺は哀愁漂う背中から目を逸らした。


「先輩、俺らが友達っすよ! ――ってか、そんなことより暁よぉ。闘拳大会前にパソコンで調べたいことあって、わざわざ早く来たんだろ?」


 PC室のソファーに腰を据え、ファイルを眺めていた矢木内が思い出したように口を挟んだ。空気を読まない明るい声で助かった。


「ああ――そうなんです。市ヶ谷先輩、ちょっとパソコン借りていいですか?」

「い、いいぞ……で、でも何でわざわざPCで?」


 市ヶ谷先輩が身体を起こし、機器の電源を入れて訊いてくる。


「大きい画面で……動画とか画像がどっかに残ってると思うんで……見たいものがあるんです」


 言葉の意味を図るように、先輩は俺の方を見て首を傾げた。

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