第十一章 衝動的な行動ほど身にならないものはない。にゃん☆
土曜、日曜は道場での稽古。試合で見知った人もいて、顔合わせ程度のつもりがスパーリングにも熱が入った。
選手クラスの層も厚く、地元の道場と比べても見劣りしない。向上心も高いのでここでならば単調な稽古で倦むことにもならないだろう。
そして週明け――月曜。事前にオンラインで履修を済ませたため、この日から正式に組まれた講義を受けることになる。一年の間はクラスごとで受ける講義も多いが選択科目もあるため他学部の教室へ向かうコマもある。
学部棟の場所や教室を探すのに少し戸惑ったが、午前中に集中した講義を無事終わらせ訪れた昼の空き時間――俺と矢木内は芸術学部の学部棟前に来ていた。
「は~。やっぱさぁ、芸術学部って華やいでるよなぁ~」
学部棟の入り口を眺め、矢木内が淡い息を吐きつぶやいた。
白い柱とウォールナット調の色合いを用いて造られた芸術学部棟は、表参道辺りにある有名デザイナーが設計した商業施設のようだ。入り口はガラス張りで光が注ぐ様式になっており、開放感と共に暖かみのある雰囲気が演出されている。
入り口の横には常夏を意識したヤシの木のオブジェ。出てくる生徒も文学部や工学部に比べると、派手で個性的な服装が多い気がする。
「パフォーミングアーツ学科ってさぁ、モデル志望とか芸能系志望の子も多いんだよなぁ~……美人多いし、こっち受験しとくべきだったかなぁ~」
談笑しながら出てくる学生たちを眺めて、矢木内はそんなことをのたまっている。お前はいったい何をしに大学へ来た。
「お、見ろよ暁。あの薄着の三人組可愛くね? 声かけてみる?」
「勝手にしろ」
俺が低い声で言うと、矢木内は唇を尖らせて頭のうしろで手を組んだ。
「固いなぁ……じょーだんだって、わかってるよ。その、さくにゃん先輩の彼氏らしき人を探すんだろ」
切り替えるように言って、俺が持つスマホを覗き見る。
「マッシュルームヘア、身長は一七〇くらい。顔立ちは爽やか系……まあ、よく見るイケメンだな」
スマホの画面に映った雑誌記事の写真を見て、矢木内は憎らしげにつぶやく。
橘右京の情報は検索したらすぐに見つかった。読者モデルとして載った雑誌には芸能事務所に準所属モデルの扱いで在籍していることが書いてあった。
本格的な芸能活動はしていないが、自身のSNSにいくつかの動画を投稿したり写真をアップしたりしている。ただ、動画の方はマスクをつけているので、実際に動く姿だと顔の判別に迷うかもしれない。
それと……写真を見た時、何か既視感のようなものを感じた気がするのだが……気のせいだろうか……。
「……まあ人相はわかったし、近くで見れば気づくだろう」
「つってもさぁ、芸術学部だけで数百人以上いるし、ここには講義で他の学生も来るし、その橘って人がいつ来るかもわかんないんだぜ? はたしてここで張り込んで、そう簡単に見つかるかねぇ……」
疑わしそうに矢木内がぼやく。
……確かにそれは否定できない。しかし、
「別に付き合ってくれと頼んだ覚えはないぞ」
俺がこともなげに言うと、矢木内は、くわっ! と目を剥いて顔を寄せた。
「何言ってんだよ、親友じゃん! ……あ、今日夕方くらいから市ヶ谷先輩んちに集まれって会長から連絡来てたよな。終わったら行こうぜ!」
陽気な調子で早口に言う。
……もしかしてこいつ、一人で行くのが嫌なのか。会う女に悉くキナかけるような恥知らずのクセして。
「ってかさぁ。暁、さくにゃん先輩絡み以外だとフェードアウトしそうだから一緒に連れて来いって会長に言われてるんだよ。今日は闘拳大会やるんだって」
「入ると決めたんだから、簡単には辞めないよ」
新歓は中州端会長に終始絡まれてうんざりしたが、他のメンバーはクセこそあるがまともそうだ。
今まで付き合ってきた友人や先輩とは違うタイプなので、そこから何を得られるかも興味深い。
「それ聞いて安心したわ。さすがに一年一人じゃ肩身狭いしなぁ。……しっかし入った新入生って結局俺らだけなのな。会長は何か打ち込めるもの一つ見つけろーとか言ってたけど何にしよ。暁も空手以外じゃないとダメだろ? 近代エンタメと関係ないもんなぁ。市ヶ谷先輩はプログラミングで自動画像生成とかやってるらしいけど難しそうだよなぁ。俺ら文学部だし」
ぺちゃくちゃと、矢木内は一方的に無駄話を始めた。鬱陶しいが校舎の入り口前で一人目を光らせているよりは自然だろう。
それにしても――矢木内の論を肯定するのは癪だが――このまま待って、橘右京が現れるのを待つのは確かに厳しいかもしれない。
三年生なのでまだ大学には来ていると思うが、今日芸術学部棟で講義があるかはわからない。天宮先輩に訊けばわかるかもしれないが、何用かと奇妙に思われるだろうし俺も聞きたくない。
今日会えず明日も会えず……連日通えば悪目立ちもするだろう。入学して早々、こんなストーカーみたいな真似をしているのにも気が滅入る。
……ってか、まんまストーカーだろ、これ……。
いったい俺は何をやっているのだろう。不意に我に返り自問する。
気づけば坂道を転げ落ちるように忙しなく動いているが、ほとんど衝動的な行動で計画性がない。ここらで一度冷静になって、自分の行いを見直すべきではなかろうか。
「――も~やだぁ、右京くん!」
悶々と悩んでいる俺の前を一組のカップルが通り過ぎる――と、聞こえた名前に咄嗟に目がいった。
中肉中背、マッシュルームヘア、爽やか系のイケメン。
「……お、おい、暁……あれ……」
学部棟に入って行く二人のうしろ姿を凝視する俺に、慌てた様子で矢木内が声をかける。
「ああ……間違いない……」
「やっぱり、そうだよな……」
ゴクリと唾を飲み、矢木内は興奮した様子で続けて言った。
「あの女の子……グラビア声優で人気バク上がり中の、平見綾子ちゃんだよなっ!?」
――そっちじゃねーよ。
たまらん表情で言った矢木内の右頬を、俺の右ストレートが打ち抜いた。
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