第九章 探り合いなら、情報は小出しにしろ。にゃん☆


 駅の裏口方面へ出て道路沿い、高架下にあるひっそりとした日本酒バーへ入る。週末なので混んでいたが、幸い六人席は空いていた。


「お、No.6入っとるやん! まずはこれで乾杯しとこかっ!」


 品書きを手に取った中州端会長はウキウキと目を輝かせる。

 奥に座った会長の対面に俺、俺の左隣には朝倉先輩、その隣に矢木内。会長の右隣が天宮先輩で、さらにその隣が市ヶ谷先輩という並びだ。


「いいっすねぇ~。暁くんたちはどうします?」

「ウーロン茶で」

「俺、カルピスサワー」

「ボケでもここは日本酒頼まんかい!」


 会長の投げつけた品書きの角が矢木内の額を打つ。「いや……マジだったのに」と嘆きつつ、矢木内はカルピスを注文した。


「――で、どうだったんですか☆ 今日の新歓わ?」


 飲み物が届き杯を合わせたところで、天宮先輩が訊いてきた。


「どうもこうも骨のないのしかおらんかったわ。フツー新人なら、まずは上のもんに晩酌しに来るのが礼儀とちゃうか?」

「ジョッキオンリーだったじゃないっすか……ウチが勧誘した女の子たちは結構来たんすけど、会長が睨み利かせて帰らせちゃったんですよぉ」

「そうなんだ? それで残ったのが暁くんたちだけってコト?」


 天宮先輩の視線が俺へ向く。


「……まあ、そうなりますね」


 平静を取り繕いつつ、俺は答える。


「蔵坂、とか言ったよな? 後輩ってことは、自分さくらと同高出身なんけ?」


 くいっ、と美味そうにおちょこを傾け、会長が話に入ってくる。


「高校もそうですけど、空手の道場が一緒だったんで」

「さくら、お前空手なんてやってたんか?」

「あー、まあ嗜む程度に☆」


 言って、天宮先輩はてへぺろ☆ と舌を出してウィンクする。


「ウチも暁くんから聞きましたよー。じゃあ黒帯とか持ってんすか?」

「うん、まぁねぇ。。」

「い……意外な一面だな……」


 空手をやってたこと、黙ってたのか?


 サークルの面々とはもう一年以上の付き合いになるだろう。会話の中で高校生活の中心であった空手の話題は出そうなものだが。


 それとも……あえて口にしなかったのか。


「あ、でもそうっすね~。ゆりし庵入ったばっかりの頃は、ほぼノーメイクでしたよね、さくにゃん。素材がいいからそれでも十分可愛かったけど、どっちかてーとスポーツ少女って感じで」

「そうだっけ? 黒歴史☆」


 てへぺろ☆ と天宮先輩はまた舌を出して見せる。

 天宮先輩の変身は、メイド喫茶でバイトしだした前後にきっかけがあったのだろうか。


「ふむ、綺麗な花には棘があるっちゅうことやな。――んで、蔵坂。お前はよぉ、さくらを追ってうちの大学来たんか?」


 絡むような口調で言った会長の顔にはやらしい笑みが浮かんでいる。


「天宮先輩がいたのは動機の一つではありましたけど、自分が志望する学科もあったので」


 無表情を保ち俺は淡々と答えた。眉間に皺を寄せ、会長は舌打ちする。



「はっきり言わんやっちゃなぁ……さくらはこのオッサンみたいなガキと仲良かったんか?」

「そうですねぇ~。カワイイ後輩☆ って感じですねぇ~」


 満面の笑みで天宮先輩は答える。


 ……胸の奥で、微妙にワサワサした感覚が通り過ぎたが無視する。


「ふーん。ま、お前イケメン好きやからなぁ。どっちにしろVシネ映画の端役みたいな蔵坂のツラじゃあ論外やろ」

「そういう会長は場末のスナックのチンピラママ役とか似合いそうですね」

「おお、お前売っとるな? よっしゃ買っちゃる、表出ぇ!」

「まあまあ二人とも! 気が合うのはいいですが、悪ノリはそのくらいにしてっ!!」


 険悪な空気の中、メンチを切り合う俺と会長の間に朝倉先輩が割り込んでくる。

 ……いけない。天宮先輩が来てから妙に気が立ち言動が荒くなっている。落ち着くため俺はウーロン茶のグラスに口をつけた。


「それでさくにゃん、今日のデートはどこ行ってきたの?」

「トーヨコ。トゥクトゥク(タイの会社が運営する人気単発動画投稿サイト)用の動画撮ってきた☆」


 口に含んだウーロン茶を吹き出し、目の前の会長にぶっかけた。


「ギャー! ――おまっ……誰に顔射決めとんねんッ!!」


 会長の投げたおちょこが、バチン! と俺の額を打った。


「……すみません。――いやっ、天宮先輩っ! あそこってイロイロ治安悪いんじゃないんですか!?」


 会長の前に投げつけられたおちょこを机に置き、俺はほとんど叫ぶように言った。

 のほほん、とした表情で天宮先輩は小首を傾げる。


「そんなことないよ~☆ 中学生くらいの子たちも結構来てるし~」

「いやだからそういう子たちが犯罪とかに巻き込まれてるってニュースとか新聞で」

「何やお前マジメか」


 顔をおしぼりで拭き終えた会長が無心なツラでツッコミを入れる。


「いいかぁ、一年。寄る辺のない若いモンってのはいつの時代にもいるもんなんや。そういう子たちがどうしょうもない寂しさを紛らわせるため集まる場所っていうのは、多少ガラ悪くなろーが必要なんや……」


 透明の瓶に入った日本酒をおちょこに注ぎつつ、アンニュいツラで会長は神妙なことをほざく。


「そして本当に悪いのは、そういう子たちを唆して、ヤクやら売春やらをやらす大人たちとちゃうんか?」

「な……何か、いきなり社会派なこと言い出したな……」


 席の逆端から市ヶ谷先輩が胡散臭そうにつぶやく。


「え、なにさくにゃん。もしかして大久保公園とかで立ちんぼしてんの?」


 その向かいの矢木内が寝言をぬかす。近くにいたら一発入れてやるところだ……つーかさくにゃんって、お前初対面で馴れ馴れし過ぎだ。


「しないしない! さくにゃんはアイドルだから、法に触れるようなことはしないよ☆」


 何故か招き猫のポーズで天宮先輩はアピールする。

 少し安心した……いや、もちろん天宮先輩がそんなことをするわけはないと信じていたが。


「最近じゃあ留置場で会えるアイドルもいますけど……それはともかく、右京さんも一緒に撮ったんすか?」

「ん~ん。一緒だとコメント荒れるから、右京くんは別で~」


 天宮先輩が口にした名前に、俺はピクリと反応する。

 朝倉先輩はちらりと目配せして、それから俺の耳元に口を寄せた。


「――橘右京さん。三年生で芸術学部。さくにゃんの先輩っすよ」


 生唾を飲み、俺はその名前を脳裏に刻み付けた。

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