第八章 3.5秒間世界一周。にゃん☆


「何だよ結局暁も二次会行くの? 俺一年女子が帰っちゃったからモチベーションダダ下がりなんだけど」

 早足で前を歩く俺の背に、矢木内が正直すぎる本音を飛ばす。――瞬間、ギロッ! と目を剥いた中州端会長が振り向き、スタスタと近づく。

「自分なぁ……そういうコトはぁ、聞こえんように言うもんやっ!」

 凶悪な微笑を浮かべた会長の平手が飛び、矢木内の頭部がスコーン! と叩かれる。

 天宮先輩が待っている駅前レンガ広場へ向かう道中での一幕。一拍置いて俺はコホンと咳払いし、平静な表情を作って頷く。

「――せっかくだしな。天宮先輩は高校時代からの付き合いだし、挨拶はしておかないと」

「……ああ、そういえばサークル展示で……そんなようなこと言ってたな……」

 会長に叩かれた頭を押さえつつ、矢木内はしかめっ面でつぶやいた。

 横ではニヨニヨとした笑みを浮かべた朝倉先輩が俺の様子を窺っている。

「何ですか?」

「いえいえ。別にぃ~何もぉ~」

 意味深に、煽るように言ってくる。

 ……恐らく、俺がこのサークルに入った理由が天宮先輩の変化を知るためということをわかっているのは彼女だけだ。矢木内もその場にいたが、天宮先輩のことを知らないこいつには理解しづらい会話だっただろう。

 そしてここが重要なトコロなのだが、その目的を知られた場合、下心目的の矢木内と大差なく思われる可能性が高い――市ヶ谷先輩はともかく、ここまでで把握した中州端会長の性格はその辺りを説明してもどれだけまともに聞いてくれるか怪しい。

 ……ので、できることなら、知られないままサークルに溶け込むことが俺としては最善なのだ。

 朝倉先輩の不敵な笑みは、その俺の懸念を察していることも匂わせた。

 もしかして、これは弱みを握られたということなのか。

 ソツがなく要領の良い朝倉先輩だが、それだけに本性は読みにくい。後々面倒なことにならないといいがと少し不安になる。

 ……その時はその時か。あの時ああ言わなければ、今の繋がりもなかったのだ。

 というか、初対面の人たちを相手に俺も測りすぎか……。

 若干の自戒をしながら進んでいくと、レンガ広場が見えてきたところで朝倉先輩が手を振った。

「ほら、さくにゃんいましたよ!」

 言われて俺も顔を向ける。レンガ広場の一角にある柱時計の前に、黒い肩出しワンピースを着た天宮先輩の姿が見えた。

 右手にあるスマホをいじっていたが、すぐにこちらに気づき手を上げる。

「やぁやぁ、おまた☆ 近エン研のアイドル☆さくにゃんがやって来たよぉ~!」

「じゃかしいッ! 誰がアイドルじゃいッ!」

 高い声で言った天宮先輩に会長がドラ声を返す。彼女を囲むようにして俺たちは広場に降りた。

「え、え、めっちゃ可愛いじゃないっすかぁっ! あ、俺今年入学した一年生の矢木内佐助です! どもども、よろしくっす!」

「新入生? よろぴくね~☆ 天宮さくにゃんです☆」

「うっす! で早速なんすけど、LINE交換いいす――」

 みなまで言う前に俺の肘が鳩尾を、会長の平手が矢木内の右頬を張った。

「おうふ――!」

 2HITを受け蹲った矢木内をキョトンとした目で見つめたのち、意外そうな表情で天宮先輩は俺に視線を向けた。

「あれ、暁くん?」

「……どうも」

 気まずさを覚え、顔を逸らす。視界の端で天宮先輩は不思議そうに小首を傾げていた。

「どうして暁くんがぁ、うちのサークルの人といるの~?」

「ウチが勧誘したんすよっ」

 ひょこりと近づき、朝倉先輩が助け舟を出してくる。

「彼と佐助くんがサークル展示会回ってたところで縁あって。ほら、ゆりし庵来てくれた時に顔覚えてたんす」

「あー! そいえばあの時まみまみもいたねっ☆」

 ニッコリ笑って言うと、天宮先輩は俺の顔を見つめた。

「でも意外だなぁ。暁くんは、こーいう文化系サークルには興味ないと思ってたぁ~」

「まあ、せっかく大学に入ったわけですし……今までしてこなかった分野に挑戦するのもありかと思いまして」

 天宮先輩は微笑んでいた。

「わたしと同じように?」

 直視できず、俺は明後日の方向へ目をやる。

「――そうですね」

「何やお前ら、知り合いかい!」

 それまで静観していた中州端会長がツッコミ調で割って入る。

「高校時代の後輩です☆」

「ほーん……何やお前、もしかしてさくら目当てでウチのサークル入ったんとちゃうか?」

「そういうわけじゃ……」

 あるのだが、肯定したら悪意ある誤解を招きそうだ。

 反論しようとして、意地の悪い笑みを浮かべる会長の顔が目に映った。よからぬことを思いついた小悪党のような顔をしている。

「つってもさくら面食いやからなぁ~。何やっけ、あの読者モデルの子……今日もあいつと一緒やったんやろ?」

「え~まあそうですけど~」

「――――――――え」

 ……それって……いわゆる、デート……?_

 瞬間俺の脳内は空白になり、にゅっと頭から出た魂が世界へ飛ぶ。韓国、中国、アフガニスタン、イラン、イラク、エジプト、リビア、アルジェリア、西サハラ、プエルトリコ、キューバ、メキシコ、ハワイ――と赤道に沿って一周したのち身体に戻ると、俺は天宮先輩の方へ、ぎぎぎぎ、と首を向けた。

 天宮先輩は機嫌よく会長と話している。横で朝倉先輩が何か言っているが、時差ボケのせいかうまく聞き取れない。

「……お、おい、平気かよ……」

「……うう……どうせなら、女の子に介抱されたい……」

「ぜ、贅沢言ってんじゃねぇよ……せ、世界には、もっと不幸な人もいるんだぞ……」

 少し離れたところで肩を貸される矢木内と、市ヶ谷先輩の声だけがやけにはっきりと聞こえる。

 ……その通りだ、と思った。

 

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