第四章 ストーカーと一途って紙一重だろ。にゃん☆


 ――翌日。例の如くクラスで受ける講義と、履修科目の登録を文学部のパソコン室で終わらせたあと、俺は矢木内とサークル棟の前で開かれている展示会を見に来ていた。


「テニサーとかスノボーはたくさんあるけど、ああいうトコってもともとやってたヤツが有利だよなぁ~。女子人気も経験者にいきそうだし」


 周囲は行き交う新入生と勧誘に精を出す上級生で騒がしい。長テーブルを並べたいくつかのブースで話を聞いたあと、矢木内は考えあぐねたようにそうつぶやいた。


「運動系のトコは女子率も高いけど競争率もなぁ~……ベタな飲みサーはヤな男先輩が風吹かしてそうじゃね? ある程度、何かやることあるといいんだけどなぁ~」

「そうだな……」


 気のない声で俺は答える。

 そもそも付き合いで回っているだけで、俺にサークルに入るつもりはない。大学でやりたいこと、やれることは勉強バイト空手以外は思いつかないし、他に余力もないだろう。

 ……少し視野が狭いかもしれない、とは思うが。


「そうするとやっぱ文化系かぁ~。バンドとかどうよ? 何か楽器やったことある?」

「ないよ。矢木内はあるのか?」

「いや? まったく」


 無心な顔で言ってくる。


「でもバンドとかで音楽やってるヤツらってだいたい女目当てだぜ。同じ目的なら気が合いそうじゃん」

「偏見じゃないのか……だとしても、お前の目的で言ったらやっぱり経験者が有利になるだろ」


 短絡的な思考に呆れるが、矢木内は、なるほど! という顔で手を打った。


「あー確かにそうだよなぁ~。やっぱナシ! もうちょいマイナー目で、今から初めても差がつかないようなモノにしとこう!」


 矢木内はあーでもないこーでもないと益体のない話を続けている。

 ……不毛だ。これなら学生会館に行って、アルバイト紹介でも見てた方がまだマシだった。

 やはりコイツとの縁は切るか――という方向に思考を巡らせていると、ふと他に比べて人気のない、小スペースブースが目に入った。

 他は最低三人以上のメンバーがいるのに、その机の前には女子が一人座るだけ。前には山積みにされた薄い冊子が置かれている。

 横跳ねしたボブカット、すだれ前髪、厚いメガネをかけた女子。地味な黒いパーカーを着て勧誘する様子もなく、前を歩く学生を眠そうな目で眺めている。

 

 ……どこかで見た覚えがあるような……。


「お、どうした?」

 

 そちらに目を向け足を止めていた俺に気づき、矢木内が話しかけてきた。


「いや……別に」

「あのブースか? えーと、近代エンタメ文化研究会? 名前だけじゃあ何やってんのかわかんねーな」


 机の前に貼られたサークル名を読み、眉をひそめた矢木内は俺の視線の先を追った。


「座ってる娘も一人だし、何かオタクっぽい感じの……何、お前あーいうのが好みなの?」


 反射的に手が出た。

 腰を落として打ち出した俺の左下突きは、矢木内のレバーを軽く揺さぶった。


「う……ご……」

「あ、すまん」


 悶絶し、腰を折る矢木内の身体を支え人の流れから少し外れる。


「おま……ガチすぎるだろ……一瞬下っ腹で何かが破裂した気がしたぞ……」

「悪かった。でも、お前が余計なこと言ったせいもあるぞ」

「冗談通じねぇなぁ……」


 喘ぎながらも何とか復活すると、矢木内は再びブースに顔を向けた。


「で――あのサークル、気になるんなら話聞いてみるか?」

「目に止まっただけだ。別に興味があるわけじゃない」


 言って先に行こうとするが、矢木内はブースを見つめたまま動かない。


「ふーん……でもま、いいじゃん。何やってるトコかよくわからんけど、せっかくだから聞いてみようぜ」


 ニヤリと笑い、止める間もなく早足で向かう。


「あ、おい――」

「すんませーん!」


 矢木内が声をかけると、ぼんやりしていたその女子は、はっとしたように顔を上げた。


「――あ、見学っすか? どうぞどうぞ、見てってくださいっ!」


 隠すように下げた手にはスマホがあった。ヒマを持て余していたようだが、こちらに向ける表情は人慣れした愛想のよい笑顔だ。

 思いのほか感じがよい――と感じたところで、記憶が繋がった。


「あーこれ見たことある。Vチューバーだっけ?」


 冊子を取って、表紙のイラストを見た矢木内が訊く。


「お、知ってますか? 清龍院ミコトと白虎川タケル! ウチ推しのコンビなんすよっ!」

「最近はあんまだけど中学の頃は結構見てたんすよね~。鯱クロってまだ活動してんすか?」

「古株っすねぇ~。ガワは代わりましたけど、まだまだ現役で頑張ってますよ~」


 意外に話も弾んでいる。

 痛いだけかと思ったけど、案外コミュ力あるなコイツ。


「へー。ここって、漫研みたいな感じなんすか?」

「いえいえっ」


 顔の前で手を振って、彼女は軽く咳払いをした。


「近代におけるエンタメ文化をそれぞれに研究していこうというサークルで、やってるコトは人それぞれですヨ。ウチはVチューバーや推しの同人誌とかレポート描いてますけど、ライバーやってる娘もいますし、他にも格ゲー極めようとしたりAIの画像生成とか研究してたり……少人数で計画的にやってるわけじゃないっすけど、その分緩くて参加しやすいと思いますよ」

「ほー。面白そうっすね……」


 流暢に語る女子の言葉に矢木内は惹きこまれている。やる気はなさそうに見えたが勧誘はうまい。矢木内がチョロすぎる気もするが。


「今日は予定あってウチ一人っすけど、明日の夜やる新歓コンパにはみんな集まる予定ですし、興味あったらどうっすかね?」

「……あの」


 タイミングを見計らって、俺は彼女に話しかけた。

 メガネ越しの瞳がこちらへ向く。


「はい?」

「失礼ですけど……三日前に会いましたよね? ゆりし庵っていう、メイド喫茶で」


 女子はぱちくりと瞬きして俺を見つめた。横で矢木内が「え、お前メイド喫茶なんて通ってんの?」と半笑いでほざいているが無視する。


「――あ。もしかして、この間さくにゃんこと揉めてた人?」


 くいっ、とズレかけたメガネを指で戻し、ゆりし庵で〝まみまみ〟というネームプレートを付けていたその女子は言った。

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